スティキオス

スティキオス（古希: Στιχίος, Stichios）は、古代ギリシアの神話に登場する人物であり、特にホメロスによる叙事詩『イリアス』の中でその名が語られています。

彼は、名だたる英雄たちが集結したトロイア戦争において、ギリシア側の武将として参戦しました。その中でも、スティキオスはアテーナイから遠征してきた精鋭たちを率いる指揮官の一人であり、アテーナイ勢の総大将であったメネステウス王の配下として戦場を駆け巡りました。

トロイア戦争の激戦の中で、スティキオスの存在感が特に際立つのは、トロイア勢と彼らの強力な同盟軍であるリュキア勢が、ギリシア側の築いた堅固な防壁を突破し、陣営の内部へと侵攻してきた場面です。この絶体絶命の危機において、ギリシア軍は防戦一方となり、多くの戦士たちが倒れていきました。その犠牲者の中には、ボイオーティア勢の将であるアムピマコスも含まれていました。アムピマコスはポセイドーンの子であり、彼の死はギリシア軍に大きな衝撃を与えます。スティキオスは、この戦死した友の遺体が敵によって辱めを受けたり、武具を剥ぎ取られたりすることのないよう、深く心を痛めました。彼はアテーナイ勢の仲間たち、すなわちペイダスやビアースといった他の勇士たちと共に、敵の猛攻に晒されながらもアムピマコスの亡骸を守り抜き、安全なアテーナイの陣営へと運び込むことに成功しました。この行動は、戦場における仲間への深い敬意と、勇気ある行動を示すものでした。

スティキオスはまた、この危機的な状況下で、総大将であるメネステウスを献身的に支え、共に防衛線を維持するために奮闘しました。彼はペイダス、ビアースと共にメネステウスの脇を固め、押し寄せるトロイア・リュキア勢に対して一歩も引かない覚悟で立ち向かったのです。

しかし、戦況は常に一定ではありません。神々が人間の戦いに介入することは、ホメロス叙事詩の世界では常でした。この時、ギリシア勢を窮地に追い込んだのは、光輝く弓を持つ神アポローンでした。アポローンは、ゼウスから借り受けた、見る者を戦慄させる恐怖の象徴であるアイギスを防壁に向けて振るいました。その神威の前に、勇敢なギリシア兵たちですら動揺し、戦意を喪失して潰走を始めたのです。

この混乱の中、スティキオスもまた運命的な瞬間を迎えます。彼は、ボイオーティア勢の武将であり、共に防壁を守っていたアルケシラーオスと共に、トロイア軍の総司令官にして最も恐れられた戦士であるヘクトールと対峙することになります。ヘクトールは、アポローンの加護を受けて勢いづいており、その槍先は敵にとって死を意味しました。アルケシラーオスがまずヘクトールによって討たれ、続いてスティキオスもまた、この偉大なトロイアの英雄の手にかかって命を落としました。

スティキオスの物語は、『イリアス』第13巻に記されており、彼の勇敢な戦いぶり、仲間への忠誠、そして悲劇的な最期が描かれています。彼の名は、トロイア戦争における多くの忘れがたい英雄たちの一人として、神話の中に刻み込まれています。

参考文献
ホメロス『イリアス（下）』松平千秋訳、岩波文庫（1992年）

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