ストラボン

ストラボン：古代ローマの地理学者と、失われた歴史

ストラボン（紀元前64年/63年 - 24年頃）は、古代ローマ期に活躍した、影響力のあるギリシア系の地理学者、歴史家、そして哲学者でした。彼の名を不朽のものとしたのは、全17巻からなるギリシャ語の大著『地理誌』（Geōgraphiká）です。この書物は、当時の地中海世界におけるローマ人の地理認識、歴史認識を理解する上で、極めて重要な一次史料となっています。

生涯と広範囲にわたる旅

ストラボンは、現在のトルコにあたる小アジア北部、ポントゥスのアマセイアという裕福な家庭に生まれました。彼の家系は、ポントゥス王国の有力者につながっており、母方の先祖はミトリダテス6世の乳兄弟であったとされます。若い頃は小アジアのニュサで学びを積み、その後ローマに移り、哲学と地理学を深めました。

哲学的には、アリストテレス派からストア派へと転向し、政治的にはローマ帝国を支持していたようです。ストラボンの生涯は、まさに旅そのものでした。彼の足跡は、西はイタリア半島西岸のトスカーナから、南はエチオピアにまで及びます。地中海沿岸の都市はもちろんのこと、エジプトやクシュ王国などの内陸部にも足を運び、それらの経験が『地理誌』に反映されています。

『地理誌』は、地中海沿岸都市の詳細な記述で知られており、地理的な位置情報だけでなく、各都市の歴史や伝説にも触れられています。多くの部分は現存しており、ティベリウス帝の治世中に大部分が執筆されたと推測されています。ストラボンは紀元23年頃、アマセイアで亡くなったとされていますが、紀元21年とする説もあります。

散逸した歴史書と主要史料

ストラボンは『地理誌』以外にも、全47巻からなる『歴史』（Historica hypomnemata）を著しました。しかしながら、『歴史』はほとんどが失われ、現在残っているのはイタリア・ミラノ大学が所蔵する断片的な資料だけです。『地理誌』自体に『歴史』に関する言及があるため、その内容を部分的に推測することはできます。『地理誌』の序文では、すでに歴史に関する著作について触れており、『歴史』が『地理誌』よりも先に書かれたことが分かります。

『歴史』の内容については、断片的な情報からいくつかのことが推測できます。例えば、『地理誌』の記述から、『歴史』の初期4巻は主にポリュビオスの歴史書を要約したもので、その後は独自の内容に転じていること、『歴史』にアレクサンドロス大王に関する記述があったことなどが分かっています。スイダスやフラウィウス・ヨセフスの記述から、『歴史』は全47巻で、少なくとも紀元前37年までの出来事を扱っていたことも推測できます。

ストラボンが『歴史』や『地理誌』を執筆する際に参考にした史料は、大プリニウスの『博物誌』ほど膨大ではありませんでした。主要な史料としては、エラトステネスの『地理学』、ポセイドニオスの『歴史』、ポリュビオスの『歴史』、アポロドロス『軍船目録』などが挙げられます。

世界認識と『地理誌』

ストラボンが『歴史』と『地理誌』を執筆した背景には、アレクサンドロス大王の遠征によって知られるようになった東方世界と、ローマによって統合された西方世界という、当時の人類世界の大部分を占める二つの地域を包括的に記述したいという意図があったと考えられています。つまり、彼は人類世界全体の歴史と地理を記録しようとしたのです。『地理誌』は、その壮大な試みの成果であり、今日でも世界の歴史と地理を理解する上で、貴重な資料として活用されています。

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