スポーツ (東京事変のアルバム)

東京事変4thアルバム『スポーツ』：演奏のダイナミズムと音楽的探求の軌跡

2010年2月24日、EMIミュージック・ジャパンよりリリースされた東京事変の4枚目のオリジナルアルバム『スポーツ』。当初はタイトルのみの発表でしたが、後にはブックレットで「競技」という漢字表記も用いられました。前作『娯楽（バラエティ）』から約2年5ヶ月ぶりとなる本作は、椎名林檎の作曲復帰も話題を呼びました。

多様な音楽性とバンド全体の創造性

『スポーツ』は、そのタイトル通り、演奏のダイナミズムと音楽的快楽を追求した作品です。デジタルシングル「閃光少女」と先行シングル「能動的三分間」を含む全13曲を収録。前作では作曲をしていなかった椎名林檎が本作で作曲に復帰したことに加え、ソウルやR&Bといったブラックミュージックの要素も取り入れ、東京事変の音楽的幅の広がりを見せています。

これまでのアルバム同様、多様なジャンルの楽曲が収録されていますが、今作では特に椎名林檎がこれまで控えてきたソウルやR&Bなどのブラックミュージックの要素が顕著です。 椎名林檎がアルバム制作のテーマとして「スポーツ」を掲げ、メンバー全員がそのテーマに沿って楽曲制作に取り組みました。 これは、東京事変において曲を持ち寄る前にテーマが決められた初めての試みであり、バンド全体の協調性と創造性を高める契機となりました。

Appleが主催する「iTunes Rewind 2010」ではアルバム売上年間6位にランクインするなど、高い商業的成功も収めました。初回生産限定盤は金メダルエンボススリーブケース仕様という豪華仕様も話題となりました。2021年には、さらに2枚組アナログ盤（生産限定盤）が発売され、その人気は現在も続いています。

制作過程：挑戦と実験の連続

2008年末、椎名林檎から「スポーツ」をテーマに次の作品を作るという提案があり、2009年1月にはメンバー全員がテーマに沿った楽曲を持ち寄る作業が始まりました。6月にアルバムタイトルが正式に決定し、その後も12月まで制作は続きました。候補曲は最終的に収録された楽曲の2倍以上にも及び、それぞれが試され、吟味されました。

椎名林檎は、制作にあたって2つのルールを設けました。一つは自身に対するルールで「言葉で意図しない」というものでした。歌詞はギリギリまで考えずに、アレンジや構成、仮歌などを優先しました。演奏の自然な流れや音の快楽を追求すれば、言葉は最後におのずと出てくるという考えに基づいていました。もう一つはバンド全体に課したルールで「やったことない」「やりたくない」とは言わせないというものです。楽器も歌も、頭や意思でコントロールせず、体を通して自然に「鳴ってしまった」「声が出てしまった」という状態を目指しました。浮雲にはボーカルを、他のメンバーにもコーラスに挑戦させるなど、メンバーそれぞれが新たな領域に挑戦しています。

椎名林檎は今作で作曲者として復帰しましたが、持ち込んだ楽曲は少なめでした。他のメンバーの楽曲に手を加えたり、アレンジに気を配ったりするなど、全体を俯瞰するようなスタンスで制作に臨みました。自身の楽曲は、他のメンバーのスポーティーな楽曲と被らないように、シンプルな譜面で演奏でき、かつ東京事変特有の個性を発揮できるものを意識して制作されました。歌詞制作には苦労し、特に浮雲の曲には歌詞を付けることができず、最終的には浮雲自身に歌詞の作成を委ねたケースもありました。

伊澤一葉は今作で最も多くの楽曲を提供し、それまでとは異なるアプローチとして、メロディーやコードではなくドラムの打ち込みからデモ制作を始めました。また、「閃光少女」でシンセサイザー演奏を外注したことを教訓に、ピアノにとらわれず、シンセサイザー的な音作りや演奏にも挑戦しました。

亀田誠治はレコーディング前日のリハーサルで腱鞘炎を悪化させ、スケジュールが3週間遅れるというアクシデントに見舞われましたが、この経験から演奏方法を見直し、全ての楽曲を80%の力で演奏するという新たな試みを行いました。

浮雲は、テーマに沿って普段は作らない速い曲作りに挑戦し、ギターにおいてもそれまで避けていた歪んだ音色を使用しました。椎名林檎の「無理だとか、そういう音楽は通ってきていないとは一切言わせない」というルールのもと、アメリカンハードロックのようなパワーコードも弾くなど、幅広い演奏を試みました。浮雲が作ったリフに対して、椎名林檎と伊澤一葉がディレクションを行い、楽曲を完成させていきました。

刄田綴色は、選考会でドラムのパターンを提示し、自身の演奏を「規定演技」として譜面に書き起こすなど、綿密な準備を行いました。

楽曲解説：多様な表現と実験性

全13曲それぞれに個性的な魅力がありますが、ここでは代表的な楽曲について簡単に触れます。アルバム冒頭を飾る「生きる」は、伊澤一葉が過去に所属していたバンド「NAM」で演奏していた楽曲をベースに、ゴスペルのようなコーラスワークが印象的な楽曲です。「能動的三分間」は、ニュージャックスウィングをバンド演奏で再現した挑戦的な楽曲で、シングルとしてチャート1位を獲得しました。「閃光少女」は、以前からデジタル配信されていた楽曲が初めてCD化されたものです。「極まる」は演奏時間がもっとも長く、孤独や絶望をテーマにした楽曲です。他の楽曲も、メンバーそれぞれの個性が光る、実験的な試みに満ちた楽曲群となっています。

『スポーツ』は、東京事変の音楽的探求と演奏力の高さを示す、まさに「競技」のようなアルバムと言えるでしょう。多様な音楽性と高い演奏技術、そしてバンドメンバー全員の創造性が凝縮された、聴き応えのある一枚です。

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