ズ・ダン号事件

ズ・ダン号事件：北朝鮮脱出の始まり

1987年1月20日、福井新港に老朽化した小型船「ズ・ダン号」が漂着しました。この船には、北朝鮮の咸鏡北道清津に住む医師の金萬鉄（キム・マンチョル）一家11人が乗船しており、彼らは日本に亡命を求めていました。これは、北朝鮮からの亡命を求めた最初の事例として歴史に刻まれています。

事件の経緯

漂着と混乱

当初、日本政府は彼らを「事故で漂流した」とみなし、北朝鮮に送還しようとしました。しかし、金医師は「南の暖かい国で自由に生きたい」と亡命の意思を表明し、在日本朝鮮人総連合会（朝鮮総連）との面会を拒否しました。金一家は、出身成分による差別と貧困から逃れるため、北朝鮮を脱出してきたのです。この事実は、北朝鮮当局の主張とは大きく矛盾していました。

南北の対立

事態は複雑化し、大韓民国（韓国）と在日本[[大韓民国民団]]が介入。敦賀港は南北朝鮮の関係者が集まり、一時騒然となりました。日本政府は金一家の意思を確認し、人道主義的見地から、第三国への移送を決定。国際法に基づいた手続きを進めた結果、中華民国（台湾）が一時的な受け入れを表明しました。

日本からの出国

過去には、北朝鮮の武装漁船が密航してきた際、亡命希望者の韓国への亡命を認めた事例がありましたが、今回は漂流者全員が第三国への亡命を求めた初めてのケースでした。日本政府は、直接韓国に送るのではなく、一旦第三国へ出国させる措置を取りました。金一家は、日本漂着から19日後の2月7日未明、巡視船で移動し、ヘリコプターで鳥取県の基地へ。その後、航空機で那覇を経由し、台湾へと出発しました。

韓国へ

台湾への出国は一時的な措置で、最終的には韓国へ行くことが予想されていました。2月8日、金一家11人は大韓航空の特別機でソウルの金浦空港に到着しました。韓国では歓迎を受け、報奨金を受け取り、新たな生活を始めました。日本の政府当局は、予想以上に早く韓国に到着したことに衝撃を受けました。

事件の影響

日本国内の反応

この事件は、北朝鮮関連のニュースとして初めて日本国民の関心を集めました。当時、北朝鮮の実情はほとんど知られておらず、漠然とした好感を持つ人もいました。しかし、事件を通じて、北朝鮮の厳しい実態が明らかになるにつれて、国民の意識も変化しました。一方で、一家を韓国の工作員とする陰謀論や、親北朝鮮の立場から事件を批判する意見もあり、日朝関係への懸念も生まれました。

韓国国内の反応

当時の韓国は、民主化運動が活発化しており、警察による拷問致死事件が発生していました。また、歴史教科書問題やオリンピック開催を巡る対立もあり、日本に対する国民感情は良いとは言えませんでした。このような状況下で起きたこの事件は、韓国社会にも複雑な影響を与えました。

北朝鮮の反発

北朝鮮は、日本の対応を「国際テロ」「非人道的犯罪」と非難。また、この亡命事件は、過去に北朝鮮が日本人を抑留した事件の解決にも支障をきたしました。北朝鮮は、事件を政治的謀略とみなし、漁業問題でも強硬な姿勢をとりました。しかし、中曽根康弘首相は、人道主義と国際法に基づいた対応だと反論しました。

北朝鮮による拉致事件

北朝鮮は、事件直後にも韓国漁船を拿捕し、乗組員を拉致するなど、強硬な姿勢を崩しませんでした。この事件は、北朝鮮による拉致問題に対する認識を深めるきっかけの一つとなりました。

事件のその後

金萬鉄のその後

金萬鉄は韓国で「元祖脱北者」として知られるようになり、ある程度の財産を築きました。しかし、詐欺被害に遭い、現在は輸送コンテナで夫婦で生活しています。彼の北朝鮮での生活を綴った著書も出版されています。

その他の影響

北朝鮮からの脱北者が増え始めたのは、1989年の東欧民主化や1991年のソ連崩壊など、北朝鮮の同盟国が消滅した後のことでした。また、2007年にはズ・ダン号と同様に、一家4人が乗った木造船が日本に漂着し、この時は北朝鮮の抗議もなく韓国に移送されました。

ズ・ダン号事件は、北朝鮮からの亡命というテーマに初めて光を当てた事件であり、その後の脱北者問題や日朝関係に大きな影響を与えました。また、北朝鮮の実態が明らかになるにつれて、国民の意識も大きく変化しました。

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