セスト・ブルスカンティーニ

セスト・ブルスカンティーニ（Sesto Bruscantini、1919年12月10日 - 2003年5月4日）は、20世紀後半において、国際的なオペラ界で高く評価されたイタリア出身のバスバリトン歌手です。

イタリア中部、マルケ州の海沿いの町チヴィタノーヴァ・マルケで生を受けた彼は、当初は法律を学ぶ道を歩んでいましたが、音楽への強い情熱に導かれ、声楽の道へと転向します。その後、イタリアの首都ローマにある名門サンタ・チェチーリア国立アカデミアに入学し、高名な声楽教師ルイージ・リッチのもとで専門的な研鑽を積み、オペラ歌手としての基礎を築きました。

キャリアの第一歩は、1946年に故郷のチヴィタノーヴァ・マルケで踏み出されました。ジャコモ・プッチーニ作曲のオペラ『ラ・ボエーム』において、哲学者のコリーネ役で舞台デビューを飾り、早くもその非凡な才能を示しました。翌1947年には、イタリア放送協会（RAI）が主催する権威ある声楽コンクールで見事優勝を果たし、これを機に彼の名はイタリア全土に知られるようになります。国内各地の主要な歌劇場から出演依頼が相次ぎ、とりわけオペラの殿堂であるミラノ・スカラ座にも登場するなど、イタリア国内で確固たる地位を確立していきました。

1950年代に入ると、ブルスカンティーニの活動範囲はイタリアを越え、国際的な舞台へと広がっていきます。1951年にはイギリスで開催される歴史あるグラインドボーン音楽祭に、そして1952年にはオーストリアが誇るザルツブルク音楽祭に出演し、その卓越した歌唱力と舞台上での存在感は国際的な聴衆や批評家からも絶賛され、世界的なオペラ歌手としての名声を不動のものとしました。彼のレパートリーは多岐にわたりますが、特にモーツァルトやロッシーニ、ドニゼッティといった作曲家の作品における役柄の解釈は高く評価され、多くの聴衆を魅了しました。1961年には大西洋を渡り、アメリカ合衆国のシカゴ・リリック・オペラに出演することで、米国オペラ界へのデビューも果たしています。

私生活では、1953年に当時世界的な名声を得ていたユーゴスラビア出身のソプラノ歌手、セーナ・ユリナッチと結婚しましたが、残念ながら二人の関係は長く続かず、1956年には離婚しています。

日本との関わりも深く、彼は複数回にわたり来日し、日本のオペラファンにその歌声を披露しています。特にNHKイタリア歌劇団による第5次から第7次にかけての記念碑的な公演には主要キャストの一員として参加しました。ヴェルディ作曲の壮大なオペラ『ドン・カルロ』や、ドニゼッティ作曲のオペラ『ラ・ファヴォリータ』の日本初演時には、物語の重要な鍵を握る主役級の役柄を見事に歌い上げ、日本の音楽史においても重要な足跡を残しました。

1990年頃まで精力的にオペラ舞台でのキャリアを続け、第一線で活躍した後、現役から退きました。引退後は、自らの音楽的経験と知識を次世代に伝えるべく、故郷であるチヴィタノーヴァ・マルケに戻り、声楽教師として後進の指導にあたりました。2003年5月4日、83歳でその豊かな生涯に幕を下ろしたのも、彼がキャリアの端緒を開いた思い出深い生地でした。セスト・ブルスカンティーニは、その類稀なる声と解釈力をもって、多くのオペラ愛好家の心に深く刻まれる偉大なバスバリトン歌手として記憶されています。

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