シカゴ・リリック・オペラ

シカゴ・リリック・オペラ（英語：Lyric Opera of Chicago、略称：Lyric）は、アメリカ合衆国を代表するオペラ団体のひとつです。国内には同名の団体が複数存在しますが、単に「リリック」と呼ぶ場合、通常はこのシカゴの団体を指します。その歴史は、シカゴにおけるオペラの伝統と深く結びついています。

シカゴにおけるオペラの歴史

シカゴにおけるオペラ上演の記録は、1850年にさかのぼります。この年、旅一座によってベッリーニの『夢遊病の女』が初めて上演されました。初のオペラハウスは1865年に開場しましたが、残念ながら1871年のシカゴ大火で焼失してしまいます。その後、1889年には2番目の主要な劇場としてシカゴ・オーディトリアムがオープンしました。

オペラ団体の活動も活発化しますが、その道のりは平坦ではありませんでした。1910年、ニューヨークのマンハッタン・オペラ・カンパニーの残党によってシカゴ・グランド・オペラ・カンパニーが設立されます。この団体は何度か名称を変えながら活動を続け、シカゴ・オペラ協会、シカゴ・シビック・オペラなどを経て、断続的な公演を行いました。1929年には現在の本拠地となるシビック・オペラ・ハウスが完成しましたが、世界恐慌の煽りを受けて、当時のオペラ団体自体は活動停止に追い込まれます。古い会場は1941年まで他の用途で利用されました。1947年から1953年にかけては、シカゴを拠点とする常設のオペラ団体が存在しない期間があり、オペラ公演は主に外部団体の客演によって賄われていました。こうした状況下で、新たな時代の幕開けとして1954年に誕生したのが、現在のシカゴ・リリック・オペラです。

リリック・オペラの設立とキャロル・フォックスの時代 (1954–1980)

1954年、「シカゴのリリック・シアター」として、キャロル・フォックス、ニコラ・レッシーニョ、ローレンス・ケリーによってシカゴ・リリック・オペラは設立されました。中でも28歳でアメリカ初の女性オペラ・インプレサリオとなったキャロル・フォックスは、幼い頃からオペラに親しみ、歌手を目指してイタリアでの研鑽も積んだ経験がありましたが、自らの歌手としての限界を悟り、故郷シカゴで世界最高水準のオペラを上演することに情熱を注ぎました。彼女の情熱は、最初のシーズンで歴史的な成功を収めます。この年のオープニング公演、ベッリーニの『ノルマ』に、世界的なプリマドンナ、マリア・カラスのアメリカ・デビューを実現させたのです。これはシカゴでのカラスの感動的な一連の公演の始まりでもありました。

リリック・オペラは1956年にフォックスによって再編成され、現在の名称となります。フォックスは単に歌手だけでなく、他の分野の芸術家を招聘する強力な交渉力も持ち合わせていました。バレエ界からはルドルフ・ヌレエフのアメリカ・デビューをはじめ、ヴェラ・ゾリーナ、アリシア・マルコワら著名ダンサーがリリックで踊り、ジョージ・バランシンが振付を提供しました。芸術面ではイタリアの作曲家ピノ・ドナティが指南役となり、指揮者では長年首席を務めたブルーノ・バルトレッティのほか、トゥリオ・セラフィン、ディミトリ・ミトロプーロス、アルトゥール・ロジンスキらが指揮台に立ちました。クリストフ・フォン・ドホナーニやサー・ゲオルク・ショルティも、アメリカでのオペラ・デビューの場にリリックを選んでいます。演出家ではフランコ・ゼフィレッリやハロルド・プリンスが作品を手がけました。

フォックスのリーダーシップの下、リリックには数多くの世界的名歌手がその舞台を踏みました。ルチアーノ・パヴァロッティ（56公演）、ティート・ゴッビ、ビルギット・ニルソン、レナータ・テバルディ、ジュゼッペ・ディ・ステファーノ、リチャード・タッカー、レオンティン・プライス、エリーザベト・シュヴァルツコップ、ジョーン・サザーランド、クリスタ・ルートヴィヒ、プラシド・ドミンゴ、ホセ・カレーラスなどが名を連ねます。アンナ・モッフォもここでアメリカ・デビューを果たしました。

フォックスは病を抱え、1980年にはリリックが財政的に困難な状況に陥ります。しかし、彼女は芸術的水準を妥協することを頑なに拒否したため、辞任を求められ、その職を離れました。ソール・ベローは後にフォックスを、ハルハウスのジェーン・アダムズや詩の雑誌のハリエット・モンローと並び称される「シカゴで最も偉大な女性の一人」と評価しました。

その後の展開と運営体制

キャロル・フォックスの辞任後、総監督職は長年アシスタントを務めたアーディス・クレイニク（1981年-1996年）に引き継がれ、その後ウィリアム・メイソン（1997年-2011年）、アンソニー・フロイト（2011年就任）へと続いています。音楽監督としては、ブルーノ・バルトレッティが2000年まで務め、その後をアンドルー・デイヴィス卿が引き継ぎ、2020/2021シーズンまでその任に当たりました。現在はエンリケ・マッツォーラが音楽監督兼首席指揮者を務めています。また、長年広報責任者を務めたダニー・ニューマンは、米国の非営利芸術団体の会員制マーケティングの先駆けとして知られています。

公演活動と施設

リリックは、ヴェルディやプッチーニといった標準的なオペラ・レパートリーを上演する一方、現代オペラの紹介にも積極的です。ジョン・アダムズの『原爆博士』や、ウィリアム・ボルコムの『A Wedding』、ジミー・ロペスの『ベル・カント』といった委嘱作品の世界初演も行っています。また、1971年から長年にわたり、WFMTラジオ・ネットワークを通じて公演が全米に放送され、広く聴衆に届けられてきました。

リリックの恒久的な本拠地は、1929年に建てられたシビック・オペラ・ハウスです。アール・デコ様式が特徴的なこの建物は、当初は賃借していましたが、1993年の大規模改修を経て、リリックの所有となりました。劇場は3,563席を有し、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場に次いで北米で2番目に大きなオペラホールです。1996年には、改修に尽力したアーディス・クレイニクに敬意を表し、「アーディス・クレイニク劇場」と命名されました。

若手育成プログラムと提携

リリック・オペラの重要な活動のひとつに、若手声楽家育成プログラムである「パトリック・G. とシャーリー・W. ライアン・オペラ・センター」があります。これは1974年にキャロル・フォックスによって「アメリカ芸術家のためのリリック・オペラ・センター」として設立されたもので、現在ではアメリカで最も権威あるプログラムの一つとされています。毎年全米から集まる約400名のオーディション参加者から選ばれた約12名の若手歌手が、12ヶ月間にわたり、声楽、言語、演技などの集中的な指導を受け、著名なアーティストによるマスタークラスに参加します。リサイタルやコンサートでの実践に加え、リリック・オペラのメインシーズンの公演で役を演じたり、代役を務めたりすることで、プロフェッショナルとしての貴重な経験を積みます。このプログラムは多くの著名オペラ歌手を輩出しています。

また、2020年にはシカゴを代表するバレエ団であるジョフリー・バレエが、長年の本拠地からシビック・オペラ・ハウスに移転しました。これを機に、オペラとバレエの境界を越えた共同制作も行われており、グルックの『オルフェオとエウリディーチェ』では両団体が協力して上演しました。

シカゴ・リリック・オペラは、その輝かしい歴史を受け継ぎつつ、質の高いオペラ上演、若手芸術家の育成、そして多様な芸術分野との連携を通じて、アメリカの文化シーンにおいて揺るぎない存在感を示し続けています。

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