ソフトマター

ソフトマター：やわらかい物質の科学

ソフトマターは、私たちの身の回りにある様々な物質を包含する、広範な物質群です。高分子、液晶、コロイド、そして生体膜やタンパク質、DNAといった生体分子なども、その範疇に含まれます。これらの物質に共通するのは、構成単位が複雑な構造を持ち、内部に大きな自由度がある点です。そのため、固体のように硬く、規則正しい構造を持つ物質とは対照的に、変形しやすく、やわらかい性質を示します。

ソフトマターの特徴

ソフトマターの特徴は、その構成単位にあります。巨大分子や分子の集合体から成り、固体結晶のような長距離的な秩序は持たないものの、液体と同様に局所的な秩序は存在します。この秩序のスケールは数ナノメートルから数百ナノメートル程度であり、メゾスコピック領域と呼ばれます。

この長距離秩序の欠如により、ソフトマターは固体よりも剛性率が低く、外力に対して大きな応答を示します。特に、粘弾性と呼ばれる、弾性と粘性の両方の性質を併せ持つ振る舞いが顕著です。例えば、ゼリーを指で軽く触ると反発する（弾性）一方、強く押すと指が突き刺さり、元の形に戻らない（粘性）という現象は、この粘弾性をよく表しています。

ソフトマターの「柔らかさ」は、熱エネルギーとの関係で理解できます。分子の運動エネルギーが熱エネルギー（k_BT）に近いか、それ以下である場合、物質は「柔らかい」と表現されます。一方、運動エネルギーが熱エネルギーよりもはるかに小さい場合は「硬い」物質となります。このことから、ソフトマターは外部刺激に対してゆっくりと応答する性質も持ちます。

ソフトマター研究の歴史

コロイドや高分子、液晶といった物質は、古くから活発に研究されてきました。「ソフトマター」という用語がいつから使われ始めたかは定かではありませんが、少なくとも1992年にはノーベル[[物理学賞]]受賞者であるピエール＝ジル・ド・ジェンヌによって用いられ、その受賞講演で広く知られるようになりました。この言葉の登場によって、それまで個別に研究されてきた物質群が、統一的な概念の下で扱われるようになりました。

ソフトマター物理学

ソフトマターの性質や挙動を研究する学問分野はソフトマター物理学と呼ばれ、伝統的な物性物理学、化学、生物学の境界領域に位置しています。ソフトマター物理学は、物質のミクロな構造と巨視的な性質の関係を解明することに重点を置いており、物質科学、材料科学、生命科学など、幅広い分野に貢献しています。

まとめ

ソフトマターは、その多様性と特異な性質から、科学技術の進歩に大きく貢献する可能性を秘めています。高分子材料、液晶ディスプレイ、医薬品、化粧品など、私たちの生活に密着した様々な製品に利用されています。これからも、ソフトマターの研究は、新しい材料開発や基礎科学の進歩につながることが期待されます。

参考文献

イアン・W・ハムレー 著、好村滋行、荒木武昭、樹神弘也、森河良太、福田順一 訳『ソフトマター入門: 高分子・コロイド・両親媒性分子・液晶』シュプリンガー・フェアラーク東京、2002年10月。ISBN 4-431-70933-9。
今井正幸『ソフトマターの秩序形成』シュプリンガー・ジャパン〈World physics selection:monograph〉、2007年4月。ISBN 978-4-431-71243-5。
土井正男『ソフトマター物理学入門』（第1刷）岩波書店、2010年。ISBN 978-4-00-005616-8。
高原淳、栗原和枝、前田瑞夫 編『ソフトマター 分子設計・キャラクタリゼーションから機能性材料まで』丸善株式会社、2009年11月20日。ISBN 978-4-621-08169-3。

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