タイムシェアリングシステム

タイムシェアリングシステム（TSS）とは

タイムシェアリングシステム（Time Sharing System, TSS）とは、1台のコンピュータを複数のユーザーが同時に利用できるようにするシステムです。特にメインフレームのような高価なコンピュータ資源を効率的に共有するために開発されました。TSSの基本的な概念は、CPU時間を分割して複数のユーザーに割り当てることで、各ユーザーが独立してコンピュータを使用しているかのように感じさせることです。これにより、対話的な処理環境での応答速度が向上し、コンピュータの利用効率が大幅に改善されました。

タイムシェアリングシステムの概念

メインフレームは非常に高価であり、個人が専有して使用することは現実的ではありませんでした。もし高性能なコンピュータを個人が専有した場合、多くの時間がユーザーの思考時間や入力を待つ時間となり、コンピュータの能力が十分に活用されないという問題がありました。TSSは、この待ち時間を他の処理に活用するという発想から生まれました。具体的には、キーボードからの入力待ちやディスクI/Oなどの完了待ちが発生した場合に、その待ち時間を利用して他のユーザーの処理を実行します。このような処理の切り替えを効率的に行うために、タイマー割り込みを利用したプリエンプションという技術が用いられます。

初期のTSSでは、CPU時間を平等に各ユーザーに割り当てることを重視していました。これは、課金のためにCPU時間の正確な計測が必要だったためです。また、今日のシステムとは異なり、タスクではなくユーザー単位でCPU時間を割り当てるという点も特徴的です。これらの基本的な考え方の違いは、TSSが発展する上での重要な要素となりました。

タイムシェアリングシステムの歴史

TSSは、特にアメリカで大きな隆盛を迎えました。その背景には、グロッシュの法則というものが存在します。これは「コンピュータの性能は価格の二乗に比例する」という法則であり、これにより、複数のユーザーでコンピュータを共有する方が経済的であるという考え方が広まりました。ただし、この法則は特定の時代とコンピュータに対してのみ当てはまるものであり、マイクロプロセッサの登場により、この法則は適用されなくなりました。

対話型コンピューティングの概念を提唱したJ・C・R・リックライダーの論文「Man-Computer Symbiosis」（1960年）も、TSSの発展に大きな影響を与えました。また、TSSの概念は、ボブ・バーマーやジョン・マッカーシーによっても提唱されました。1961年には、MITでロバート・ファーノらによって初のTSSであるCTSSが開発され、実用的なタイムシェアリングが可能であることを実証しました。その後、1964年にはダートマス大学でDTSSが開発され、商業的に成功したTSSとして広く利用されるようになりました。DTSSはダートマスBASICが誕生したシステムとしても知られています。

リックライダーがARPAの情報処理技術部門に所属していた頃、対話型コンピューティングの研究プロジェクトに多額の資金が投入され、MITのProject MACなどが立ち上がりました。IBMとの共同開発によるTSSも1963年に稼働しましたが、すぐに過負荷となり、その結果、Multicsの開発が始まりました。しかし、Multicsは開発が混迷し、ベル研究所やGEが手を引くこととなりました。その後、ベル研究所はMulticsの経験を活かしてUNIXを開発することになります。UNIXは当初TSSの一種として扱われていましたが、現在ではマルチタスクOSとして知られています。

1960年代後半には、TSSを活用した「コンピュータ・ユーティリティ」というコンセプトも登場し、電話回線を通じてコンピューティングサービスを提供するビジネスが展開されました。しかし、このビジネスは一種のバブルであり、多くの会社が経営破綻しました。一方で、このコンセプトは後のインターネットやパーソナルコンピュータの発展に大きな影響を与えました。

日本におけるタイムシェアリングシステム

日本でも、1960年代後半にアメリカのProject MACや商用TSSの影響を受け、複数の研究機関がTSSの開発に取り組みました。1968年には、電気試験所のETSSや慶應義塾大学のKEIO-TOSBAC-TSSが完成しました。また、大阪大学では阪大MACとしてTSSサービスが開始されました。その後、IBMのTSOやNECのTSS/AF、富士通のTSS-AIFなど、メインフレームのOSの機能としてTSSが提供されるようになりました。

日本では、コンピュータの普及がアメリカに比べて遅れていたため、TSSの導入に対しては懐疑的な意見もありました。しかし、1971年には電電公社が科学技術計算サービス「DEMOS」を開始し、民間企業でも電通TSSなどの商用TSSが登場しました。しかし、集積回路の登場によりハードウェアの価格が低下し、個人が独占できる小型コンピュータが普及したため、TSSの時代は終焉を迎えました。その後、商用TSSはソフトウェアやデータベースを充実させることで生き残りを図りましたが、1980年代にVANが普及すると、その役割を終えました。

日立・東大の取り組み

日立は、東京大学大型計算機センターに納入したHITAC 5020のモニタを開発する中で、Multicsの発表に刺激を受け、仮想記憶を実現したTSSの開発を構想しました。1966年4月にプロジェクトが発足し、東京大学高橋秀俊研究室と共同で開発が進められました。1968年3月には、二次元番地付け方式のTSSとして世界初となる稼働に成功しました。

富士通の取り組み

富士通は、1965年から1968年にかけてFONTAC用のモニタを開発し、ダイナミックリロケーションや多重処理、リアルタイム処理を実現しました。その後、FACOM 230-60用のOSであるMONITOR Vを開発し、1970年にはTSS機能を完成させました。この成果は、電電公社の販売在庫管理サービス「DRESS」に活用されました。

日電・電電・阪大の取り組み

日本電気 (NEC) や日本電信電話公社（現NTT）のエンジニアや大阪大学の留学生は、MITでジョン・マッカーシーのもとでTSSの研究を行っていました。帰国後、NECの水野幸男らを中心に開発が進められ、1968年ごろに阪大MAC(TSS)として実装されました。

電気試験所（電総研）の取り組み

電気試験所では、1960年代半ばに「超高性能電子計算機」というプロジェクトの一環として、渕一博らがTSSの開発を提案しました。1968年にはETSSが完成しましたが、実用化には至らず、1970年には別のプロジェクトに移行しました。

まとめ

タイムシェアリングシステムは、高価なコンピュータ資源を効率的に利用するための重要な技術として開発され、その後のコンピュータ技術の発展に大きな影響を与えました。特に、対話型コンピューティングやその後のインターネット、パーソナルコンピュータの登場に大きな影響を与えたと言えるでしょう。

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