タイラー・バージ

タイラー・バージ（Tyler Burge, 1946年1月1日 - ）は、現代哲学において重要な貢献をしてきた哲学者であり、カリフォルニア大学ロサンゼルス校（UCLA）の哲学教授を務めています。彼の研究領域は多岐にわたり、心の哲学、認識論、そして哲学史において重要な業績を残しています。

バージはプリンストン大学でPh.D.を取得後、学界でのキャリアをスタートさせました。彼の哲学史における貢献としては、特にゴットロープ・フレーゲに関する研究が挙げられます。フレーゲの哲学に関する詳細な論文を発表し、その論文集は、バージ自身による大部の序論と補遺を加えて出版され、フレーゲ哲学研究における重要な文献となっています。

認識論においては、バージは自己知や証言の正当化といったテーマに取り組み、知識の成立における主観と客観の関係について考察を深めました。これらの研究は、私たちがどのようにして自己の思考や信念を認識し、他者からの情報を受け入れるかを理解する上で重要な視点を提供しています。

バージが最もよく知られているのは、心の哲学における貢献、特に心的内容に関する反個体主義の提唱です。反個体主義とは、心的内容（思考、信念、欲求など）が、個人の内部状態だけでなく、その個体が置かれている環境や社会との関係によって規定されるという理論です。バージは、この反個体主義を擁護し、その哲学的含意を深く掘り下げました。

反個体主義

バージは、哲学において反個体主義を解説し、擁護する先駆者の一人です。彼の言葉を借りれば、反個体主義とは、「人や動物の心的なものを個体化することは、たいてい、人が物理的環境に対してもつ関係に、あるいは場合によっては社会的環境に対してもつ関係に必然的に依存している」という理論です。この考え方は、「内容の外在主義」と呼ばれることもあります。バージは「外在主義」という言葉よりも「反個体主義」を好みます。なぜなら、彼にとって重要なのは、内容がどこに位置するかではなく、何によって内容が個体化されるかという点だからです。

バージの議論は、言語の意味と心的内容の関係に着目しています。彼は、思考実験を用いて、ある人の思考内容が、その人が属する言語共同体における言葉の意味に依存していることを示そうとしました。例えば、バージは、患者が医者に「腿が関節炎で痛い」と訴える場面を想定します。通常、関節炎は関節に起こる炎症であるため、腿に関節炎が起こることはありません。しかし、もし別の世界で「関節炎」という言葉が関節炎だけでなく、他のリウマチ性疾患も指す言葉として使われているとしたら、その世界の患者が「腿が関節炎で痛い」と言うとき、その意味内容は異なるとバージは主張します。この思考実験から、バージは、思考内容が言語共同体の意味に依存するという結論を導き出します。

バージはまた、物理的世界が思考内容に影響を与えることも論じています。ヒラリー・パトナムの「双子地球」の思考実験を応用し、地球とよく似た双子地球を想定します。ただし、双子地球では、水（H2O）と似た性質を持つ液体が、H2OではなくXYZという異なる化学物質で構成されています。バージは、双子地球の人が「水」という言葉を使うとき、それは地球人がH2Oを指すのとは異なり、XYZを指すと主張します。そして、地球人と双子地球人の思考内容も異なると結論付けます。つまり、地球人はH2Oについて思考し、双子地球人はXYZについて思考しているということです。この思考実験を通して、バージは、思考内容が物理的世界の性質に依存することを示唆しています。

バージの研究は、視覚理論にも拡張されています。彼は、視覚表象の内容が、有機体の進化史を形作ってきた環境に依存していると主張し、デイヴィッド・マーらの視覚の計算理論に新たな視点を導入しました。

バージの反個体主義は、多くの哲学者によって議論され、批判されてきました。批判の中には、この理論が自己の思考内容に対する個人の権威を弱めるというものや、心的状態がどのように行動を引き起こすのかを理解する上で問題を生じさせるというものがあります。しかし、バージは、反個体主義が自己知や因果作用の理解と矛盾しないと反論しています。

タイラー・バージの業績は、現代哲学における心の哲学、認識論、そして言語哲学に大きな影響を与え続けています。彼の著作や論文は、これらの分野の研究者にとって必読の文献となっています。

バージは、アメリカ芸術科学アカデミーの会員や英国アカデミーの客員会員にも選出されています。また、2010年にはジャン・ニコ賞を受賞し、フランス国立科学研究センターの主催でパリにて連続講義を行いました。

もう一度検索