タニト

タニト（Tanit）

タニトは、古代フェニキアの都市カルタゴ（現在のチュニジア）で特に重要な位置を占めた女神です。豊穣、出産、そして生命の成長といった領域を司る存在として崇拝されました。その名はティンニト（Tinnit）とも呼ばれ、様々な呼び名や形で見られます。

カルタゴにおいては、主神であるバアル・ハモン神の配偶者とされることが一般的でした。彼女の名前には、紀元前400年頃から「バアルの顔」を意味する「ペネ・バアル」という添え名が付されるようになり、また「ラバト」（「頭」の女性形）という称号も与えられました。

他の神々との同一視

タニトは、地域や文化によって様々な神々と同一視されました。

アスタルト（イシュタル）: カルタゴにおいて、タニトは月の女神アスタルト（メソポタミアのイシュタルと同一視される）と同一視されることが多く、両者をまとめて論じる専門家もいます。南フェニキア（現在のレバノン）のザレパテで発見された聖域からは、この同一視を示す碑文が見つかっています。
ユーノー／カエレスティス: ローマ人は、タニトを自分たちの神話におけるユーノーの一形態である「カエレスティス」として解釈し、やがて単にカエレスティスと呼ばれるようになりました。
ネイト: エジプトでは、タニト（タ・ニト）という名前が戦いの女神ネイトを意味すると解釈されました。

また、ギリシャ文化圏では、多くの非ギリシャの神々がギリシャ神話の神々と結びつけられる「ギリシャ的解釈」により、ディドなどいくつかの重要なギリシャの女神とも同一視されました。

崇拝と役割

タニトの崇拝は、ヘレニズム時代の西地中海のフェニキア世界に広く浸透しており、現在のマルタからスペインのカディスに至るまで、広範囲にわたる信仰が確認されています。

特に紀元前5世紀以降、タニトの崇拝はカルタゴの主神であるバアル・ハモン神の崇拝と強く結びつきました。バアル・ハモンは、ギリシャ・ローマの年代記作家によってクロノスやサートゥルヌスと同一視された神です。

北アフリカにおけるバアル・ハモン関連の碑文や遺物からは、タニトが多様な役割を担っていたことが示唆されます。彼女は、戦いの天空の女神、未婚でありながら子を宿す母神、看護師、そして女性的な豊穣の象徴として描かれました。

独特なシンボル

タニトを象徴する独特なシンボルは、宝飾品からモザイク、石碑に至るまで、様々な遺物から発見されています。このシンボルの基本的な形は、上部が水平な直線で閉じられた台形（または後に二等辺三角形）の上に円が乗るというものです。水平な腕のように伸びた部分は、しばしば垂直線やフックで区切られています。

デンマークの学者 F.O.フヴィドベリ＝ハンセンは、このシンボルを「手を挙げた女性」と解釈しています。これは、天に向かって腕を掲げて祈りを捧げる人物の姿を象徴している可能性が指摘されています。

フヴィドベリ＝ハンセンはまた、タニトが時折、ライオンの頭を持つ姿で表現されることがあることに言及し、これは彼女が持つ戦士としての性質を示していると推測しています。

信仰の広がり

タニト女神の信仰は、地中海を横断するフェニキア人の航海、植民活動、そして交易拠点を通じて広範に伝播しました。その結果、ギリシャ人、ローマ人、ベルベル人、エジプト人、スペイン人、シチリア人、キプロス人など、多くの民族や文化が、それぞれの形でタニト信仰を取り入れ、共有しました。ニジェールのトゥアレグ族のシンボルであるアガデスの十字架に、タニトのシンボルとの類似性を見る見方もあります。

現代における言及

現代においても、タニトは様々な形で人々に記憶されています。

ギュスターヴ・フローベールの歴史小説『サランボー』（1862年）では、架空の主人公サランボーがタニトの巫女として登場し、物語の中でタニトの神殿やヴェールが重要な役割を果たします。
アンリ・ド・ソーシーヌの対話形式の作品『タニトのヴェール』（1902年）は、女神の名をタイトルに冠しています。
ピエール・ブノワの小説『アトランティッド』（1920年）には、「小さなタニト＝ゼルガ」という名のキャラクターが登場します。
アメリカのテレビシリーズ『スターゲイト SG-1』では、タニトの名がゴアウルドの支配者の一人に付けられました。
チュニジア国内、特にカルタゴやチュニスには、タニトにちなんで名付けられた通りが存在します。

このように、タニトは古代地中海世界において、多様な側面を持つ重要な女神として崇拝され、その影響は現代の文化や地名にも見られます。

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