ターリク・ミハイル・アズィーズ

ターリク・アズィーズ：サッダーム政権の影と光

ターリク・アズィーズ（1936年4月28日 - 2015年6月5日）。イラクを代表する政治家であり、サッダーム・フセイン政権下で副首相、外務大臣を歴任した人物です。日本語報道では「アジズ元副首相」として知られています。アッシリア人のカルデア教会信徒という、イラク閣僚の中では珍しい出自を持つアズィーズは、卓越した外交手腕と流暢な英語で国際社会にイラクの声を届けました。しかし、その生涯は、サッダーム政権への忠誠と、イラクの激動の時代に翻弄された複雑なものでした。

生い立ちとバアス党への参加

イラク北部ニーナワー県タルカイフの、アッシリア人の家庭に生まれたアズィーズ。バグダード大学で英語とファインアートを専攻し、英文学の修士号を取得しました。学生時代から汎アラブ主義に共鳴し、ハーシム朝打倒を目指す活動に参加。1957年にはバアス党運動に参加し、サッダーム・フセインと出会います。1960年にバアス党に正式入党。この出会いが、彼の後の政治人生を決定づけたと言っても過言ではありません。

ジャーナリストとしてのキャリアと政界への転身

大学卒業後、ジャーナリストの道を歩み始めます。1963年には新聞「ジャマーヒール」の編集局長に就任。「アッ＝サウラ」紙の記者兼編集長時代には、サッダームの政策を支持する社説を執筆するなど、既に政権の中枢への道筋を着実に歩み始めていました。この頃、本名の「タレク・ハンナ・ミハイル・イッサ」から、アラブ風の「ターリク・アズィーズ」に改名しています。

1974年にはバアス党地域指導部メンバーとなり、1976年には情報大臣として閣内入り。サッダームが大統領に就任した1979年には副首相に就任し、1983年には外務大臣に任命されました。

イラン・イラク戦争と湾岸戦争

イラン・イラク戦争時には、積極的に諸外国を訪問し、イラクへの支持と軍事支援を取り付けました。アメリカとの関係回復にも尽力し、ロナルド・レーガン大統領と会談しています。湾岸戦争では、イラクの正当性を訴えるスポークスマンとして、国際社会とメディアを相手に精力的に活動。戦争阻止に向けて奔走しましたが、クウェート侵攻はアズィーズ自身もその無謀さに驚愕し、反対を訴えたと言われています。

湾岸戦争終結後も副首相職にとどまり、国連による武器査察への対応や経済制裁解除に向けて活動。しかし、長男のズィアドが不正に利益を得ていたことが発覚したことにより、1991年に外相を解任されました（一説には辞任）。

イラク戦争と逮捕

2003年のイラク戦争開戦前には、ローマ教皇との会談で戦争阻止を訴えました。戦争が始まると、一時的に報道陣の前に姿を現していましたが、バグダード陥落後は姿を消します。2003年4月24日、米軍に投降しました。

獄中生活と裁判

2004年7月1日、イラク特別法廷で「人道に対する罪」「戦争犯罪」などで訴追されます。アズィーズは一貫して無罪を主張し、サッダームへの忠誠心を示しました。彼は獄中から手紙を公表したり、サッダームの裁判で証人として出廷したり、アンファール作戦について証言したりするなど、獄中においても精力的に活動しました。

2009年3月11日、アズィーズは禁固15年の判決を受けます。その後も、様々な容疑で裁判にかけられ、2010年には死刑判決を受けますが、2015年6月5日、心臓発作により刑務所で亡くなりました。

アズィーズの生涯と歴史的意義

アズィーズの生涯は、イラクという国の激動の時代と深く結び付いています。少数民族出身でありながら、サッダーム政権の中枢で活躍した彼の複雑な立場、そして、サッダームへの忠誠心は、現代史における重要な一章を形成しています。彼の行動や発言は、サッダーム政権の実像、そしてイラク戦争の背景を理解する上で重要な手がかりとなります。彼の死は、イラクの歴史に一つの区切りをつけたと言えるでしょう。彼の言葉や行動は、歴史家や政治学者にとって、今後も研究対象として残るでしょう。 また、彼の複雑な人生は、私たちに様々な問いを投げかけてきます。権力と正義、忠誠心と責任、そして個人の選択と歴史の波の間で揺れ動く人間の存在について、深く考えさせられるのです。

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