ダウアー・962LM

ダウアー・962LM：伝説のル・マン優勝車とその波乱の軌跡

ダウアー・962LMは、その名のとおり、伝説的なレーシングカー、ポルシェ962Cをベースに開発された、公道走行可能なスーパーカーです。元レーシングドライバーであるヨッヘン・ダウアーが設立したダウアー・シュポルトワーゲン社によって、ポルシェの支援を受けながら1993年に誕生しました。

開発の背景には、レース活動から引退したダウアーの、ポルシェ962の公道仕様への転換という構想がありました。1993年9月、完成した1号車はフランクフルトモーターショーで発表され、大きな注目を集めました。その後、ポルシェはさらに2台の製造と、1994年のル・マン24時間レースへの参戦を提案。こうして、3台のダウアー・962LMが、ポルシェが所有していたシャシを元に製作されたのです。

1994年のル・マン24時間レースは、レギュレーションの過渡期にあたり、プロトタイプカーとGTカーの両方が参戦できるという、特異な状況でした。しかし、プロトタイプカーの性能を抑制するため、空力性能を制限するスキッドブロックの装着や、燃料タンク容量の制限（80リットル）など、GT1クラスに有利な規定が設けられました。このため、グループCのプロトタイプカーは、全盛期と比較して20秒以上も遅いタイムを強いられることとなりました。

この状況下で、ダウアー・962LMはGT1クラスへの参戦を目指しました。当初は、公道走行可能なナンバーを取得した車両をベースに、小変更を加えたマシンで参戦すると予想されていました。しかし、実際には、ボディ前後を延長し、排気ダクトの位置を変更するなど、空力性能を大幅に向上させたレース仕様車が、ル・マンの予備予選で公開されたのです。このレース仕様車は、ロードカーとは大きく異なる、空力特性を持つマシンでした。

このレース仕様車には、ポルシェワークスチームであるル・マン・ポルシェ・チーム/ヨースト・レーシングチームが参戦。2台のダウアー・962LM（35号車と36号車）が、強力なドライバー陣を迎え、ル・マンの激戦に挑みました。決勝レースでは、36号車がトヨタ・94C-Vと激しい首位争いを繰り広げ、見事優勝という栄冠を掴んだのです。

しかし、この優勝劇は物議を醸すこととなりました。小規模メーカーやアマチュアレーサーを優遇する意図があったGT1クラスに、大幅なアップデートが施されたグループCカー、そしてポルシェのワークス体制による参戦、そして後出しジャンケン的に発表されたレース仕様車。これらの事実から、ダウアー・962LMのル・マン参戦は、その経緯において様々な議論を呼ぶことになったのです。

ル・マンでの勝利後も、ダウアー社は10台以上のロードカーを製造・販売しました。これらのロードカーは、レーシングスピリットを受け継ぎながらも、公道走行を可能とした、稀有なスーパーカーとして、現在でも高い評価を受けています。ダウアー・962LMは、そのレーシングカーとしての性能と、公道走行可能なロードカーとしての存在、そして波乱に満ちたル・マン参戦という、複数の要素が絡み合った、非常に興味深い一台と言えるでしょう。

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