ダド・マリノ

サルヴァドール・“ダド”・マリノ

サルヴァドール・“ダド”・マリノ（Salvador "Dado" Marino、1915年10月15日 - 1989年10月28日）は、アメリカ合衆国に生まれ、プロボクサーとして世界フライ級のタイトルを獲得し、第16代王者となりました。彼のキャリア、特に第二次世界大戦後の日本ボクシング界との間に築かれた深く、そして歴史的な関わりは、特筆に値します。

マリノはプロ転向以前のキャリア初期、アマチュアボクサーとして1940年には日本を訪れた経験があります。そして戦後、彼は日本のボクシング史において極めて重要な役割を担うことになります。それは、日本人として初めてプロボクシングの世界王座を獲得した白井義男選手にとって、幾度となく拳を交えた運命の相手となったことです。

白井義男選手との間には、計4度にわたる激闘が繰り広げられました。最初の対戦は、マリノが世界王者として日本の土を踏んだ1951年5月21日。日本の期待の星であった白井選手と、ノンタイトルながら10ラウンドのマッチを行い、これを判定で勝利しました。同年12月4日、舞台は彼の地元ハワイ・ホノルルへ移り、再び白井選手との10回戦が実現。ここでは白井選手が7ラウンドTKOで勝利し、雪辱を果たしました。そして、日本のボクシングファンにとって忘れられない一戦となったのが、1952年5月19日に後楽園球場で行われた世界タイトルマッチです。挑戦者となった白井選手を迎え撃ちましたが、フルラウンドにもつれ込んだ末、15ラウンド判定負けを喫し、世界王座を白井選手に譲ることとなりました。さらに同年11月15日、白井選手が王者として臨む初めての防衛戦の相手として、再びマリノが指名されました。しかし、この再戦でも白井選手は王者の貫禄を見せ、マリノは前回に続き15ラウンド判定で敗れています。白井選手とのこれらの激しい戦いは、戦後の日本ボクシング人気を牽引し、日本のスポーツ史において特別な位置を占めることになります。

彼の活動を支えたのは、「サッド・サム」の愛称で知られるサム・イチノセ氏（1907年 - 1993年）という人物でした。イチノセ氏はハワイの日系社会において大きな影響力を持つ存在であり、日本ボクシング界にとっての「大恩人」とも称される人物です。当時の日本は占領下にあり、海外とのネットワークや外貨が不足し、ボクシングの統括団体であるコミッションも未整備という困難な状況でした。こうした中で、イチノセ氏の尽力なくしては、白井選手とのような国際的な、特に世界レベルの試合を実現することは極めて困難だったと言われています。その一方で、彼が率いる国際興行が、日本の特定勢力と連携しながら、長期間にわたり国内における世界戦の興行権を事実上支配していたという指摘も存在します。

「サッド（Sad）」という愛称の由来については諸説あります。一つには、感情を読み取りにくい、どこか憂いを帯びた表情をしていたからとも言われ、また一つには、ダド・マリノのヨーロッパ遠征で試合には勝ち続けたものの、期待されたほどの興行的な成果が得られず、「当てが外れた」ことに対する失望から名付けられたとも言われています。

サム・イチノセ氏の周囲には、ハワイの日系社会を中心に、様々な分野で活躍した人物たちの存在がありました。特に、彼と深い関係にあったとされるラルフ円福氏は、大手ブッキングエージェントの極東における代理人として、日本の関係者と海外のエージェントを結びつけた、興行界では伝説的な存在です。また、著名な政治家であるダニエル・イノウエ元上院議員も、日系二世の退役軍人会である442連隊の出身であり、こうしたネットワークが彼らの活動を支えていた様子がうかがえます。このグループの多くはすでに鬼籍に入られていますが、ハワイにおける日系社会の重鎮として知られるスタンレー伊藤氏は、2012年時点ではご存命でした。ちなみに、ラルフ円福氏の第二次世界大戦中の経歴はユニークで、後にCIAの前身となるOSSがビルマ戦線で展開した特殊部隊に所属していました。終戦後、日本軍の兵士であった実の弟と再会したという彼の体験は、ノンフィクション作品に綴られています。

日系二世として日本への強い思いを抱いていたイチノセ氏にまつわるエピソードとして、日本航空のパーサーとして勤務していた安部譲二氏とハワイで再会した際、「ところで、近ごろ天子様はお元気かい？」と、若い安部氏を驚かせたという話が伝えられています。これは、彼の日本の皇室に対する敬意を示すものと言えるでしょう。

サルヴァドール・“ダド”・マリノ自身も、日本との個人的な交流がありました。元読売ジャイアンツのスター選手でハワイ出身の与那嶺要氏とも親交があり、共に皇居の周囲をランニングしたというエピソードも残っています。

サルヴァドール・“ダド”・マリノは、そのボクシングキャリアにおいて偉大な足跡を残しただけでなく、白井義男選手との歴史的な対戦を通じて日本のスポーツ史に深く関わり、また、マネージャーであるサム・イチノセ氏を通じて、戦後の日米、特にハワイと日本の間の様々な繋がりを象徴する存在でもありました。その功績は、死後にボクシングの名誉の殿堂入りを果たしたことによっても称えられています。

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