ダナエ (ティツィアーノ、プラド美術館)

ティツィアーノ作『ダナエ』：神話と官能が織りなすルネサンスの傑作

ティツィアーノ・ヴェチェッリオが1560年から1565年頃に制作した『ダナエ』は、ギリシア神話の英雄ペルセウスの母であるダナエの物語を題材にした油彩画です。ヴェネツィア派の巨匠であるティツィアーノは、この作品で神話の一場面を官能的かつドラマチックに表現しました。

物語の背景

ギリシア神話によれば、ダナエはアルゴス王アクリシオスの娘として生まれました。神託により、孫に殺されると予言されたアクリシオスは、ダナエを青銅の部屋に幽閉しました。しかし、ゼウスはダナエに恋をし、黄金の雨となって彼女に降り注ぎました。こうしてダナエはゼウスの子ペルセウスを身ごもります。アクリシオスはダナエとその息子を箱に入れ、海に流してしまうのです。

制作の経緯

ティツィアーノは、初期の『ダナエ』を1544年から1545年にかけて、枢機卿アレッサンドロ・ファルネーゼのために制作しました。これは、後のフェリペ2世のための《ポエジア》の原型となりました。フェリペ2世が受け取った《ポエジア》のバージョンは、後に初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーに贈呈され、現在ロンドンのアプスリー・ハウスに所蔵されています。プラド美術館のバージョンは、《ポエジア》から数年後に制作されましたが、その顧客は不明です。しかし、他の複製版と比較して品質が非常に高いため、ティツィアーノが特別に依頼を受け、高額の報酬を得て制作したと考えられています。

作品の詳細

本作では、黄金の雨となって顕現したゼウスと、その到来に恍惚とした表情で応じるダナエが描かれています。ダナエはベッドに横たわり、右手にブレスレット、耳にはイヤリングを身につけています。画面上部では、雷光を伴う黒雲から金貨の雨が降り注いでいます。右側には、年老いた乳母がエプロンで金貨を受け止めようとしています。画面左下には、丸まって眠る小型犬が描かれています。

図像的発展

カポディモンテ美術館のバージョンと比較すると、プラド美術館のバージョンでは、ミケランジェロの影響が薄れ、よりティツィアーノ独自のスタイルが際立っています。黒雲によってゼウスの到来を劇的に表現し、色彩と明暗のコントラストを強調しています。カポディモンテ美術館のバージョンに描かれていたキューピッドは、年老いた乳母に置き換えられました。これにより、若さと老い、美と忠誠心、裸婦と服を着た女性といった対比が生まれ、画面の象徴性が豊かになっています。

プラド美術館のバージョンは、ダナエの官能的な表現において他のバージョンよりも際立っています。特に、ダナエの肢体、恍惚とした表情、わずかに開いた唇、自ら太股を開く仕草などは、その官能性を際立たせています。小型犬も欲望の象徴と解釈できるかもしれません。

制作年代と来歴

当初、本作は《ポエジア》の一部と考えられていましたが、その描法から1560年から1565年頃の制作とされています。絵具を薄く使い、短い筆運びで描くスタイルは、同時期のティツィアーノの他の作品にも見られます。

本作の初期の来歴は不明な点が多いですが、17世紀前半にはディエゴ・ベラスケスがイタリアで購入し、スペインに持ち帰ったと考えられています。1629年以前にヴェネツィアにあったティツィアーノの『ダナエ』は、1606年にフランドル商人の遺産目録に記録されているのみです。その後、ジェノヴァの美術収集家ジョヴァンニ・カルロ・ドリアの手に渡り、1621年に記録された可能性があります。ベラスケスは、1629年の秋にジェノヴァを訪れた際にこの作品を購入したと考えられます。その後、絵画はスペイン王室のコレクションに加わり、1747年以降、王宮や美術アカデミーで記録されています。

まとめ

ティツィアーノの『ダナエ』は、神話の一場面を官能的かつドラマチックに描いた、ルネサンス美術を代表する傑作です。特にプラド美術館のバージョンは、その高い品質と官能的な表現において、他のバージョンを凌駕しています。この作品は、ティツィアーノの卓越した画力と、神話の世界を生き生きと表現する能力を示す証です。

プラド美術館公式サイト, ティツィアーノ・ヴェチェッリオ『ダナエと黄金の雨』

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