ダニイル・シャフラン
ダニール・ボリソヴィチ・シャフラン（1923年1月13日 - 1997年2月7日）は、20世紀ソビエト・ロシアが生んだ傑出したチェリストです。ペトログラード（現サンクトペテルブルク）に生まれ、その音楽家としての歩みは、音楽に深く根差した家庭環境の中で始まりました。
シャフランの父ボリスはレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の首席チェリスト、母フリーダはピアニストでした。彼は文字通り、生まれる前から音楽の響きに親しんで育ちます。初めてチェロに触れたのは8歳半の頃、父の手ほどきを受けました。厳格な音楽家でもあった父からは、勤勉な練習や高い目標を目指すことの重要性、そして求められる演奏能力を遥かに超える技術習得への努力といった、生涯にわたる音楽家としての訓戒を学びました。この頃、彼は練習において自分自身に厳しくあるべきだという姿勢も固めたといいます。
10歳になる頃、シャフランは父に連れられ、レニングラード音楽院教授であったアレクサンドル・シトリメルの門を叩きます。当初は子供のための特別音楽学校で、その後は音楽院でシトリメルから10年以上にわたり指導を受けました。シャフランは生涯、シトリメル以外の正規の師を持つことはありませんでしたが、自己の経験や同時代の音楽家たちを「第二の先生」と見なし、常に学び続けました。
彼の才能は早くから頭角を現し、10歳で音楽院のコンサートにおいて公開の場でデビューを果たし、難易度の高い作品を披露しました。11歳でオーケストラとの協演デビューを飾り、アルバート・コーツ指揮のレニングラード・フィルとチャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」を演奏しています。特に、14歳で年齢制限に満たないながら特例参加した1937年の全ソコンクールでの第一等賞受賞は、彼を国民的なスターへと押し上げました。この時、彼は副賞として貴重なアントニオ・アマーティのチェロを授与され、この楽器が以降の彼のキャリアを支えることになります。
第二次世界大戦による活動の中断を経て、シャフランは同世代のムスティスラフ・ロストロポーヴィチと共に、ソ連を代表する若手チェリストとして並び立ちます。1949年のブダペストでの音楽祭や、1950年のプラハでのヴィハーン・コンクールでは、両者共に第一等賞を獲得し、その卓越した技術は多くの音楽家から賞賛されました。この二人は傑出した存在でありながら、その芸術的気質は異なっていました。シャフランは細部へのこだわりから小品において特に輝きを見せ、彼の詩的な感性や豊かな音色のパレットは、ロマン派や印象派のレパートリーに比類なく適合していました。この気質の違いは、彼らが後に歩む全く異なる道のりを決定づけることにもなります。
音楽院卒業後、シャフランはモスクワに移り、独奏者としての活動を本格化させました。キャリアの初期には困難も経験しましたが、最初の妻でピアニストのニーナ・ムシニャンの支えも得て、芸術家として成熟していきました。彼は主要なチェロ協奏曲、室内楽、無伴奏作品に加え、高音域での驚異的な技術を活かしてヴァイオリン作品を原調で演奏するなど、幅広いレパートリーを持ちました。また、自ら編曲も手掛け、チェロのレパートリーの拡大にも貢献しています。
シャフランは数多くの録音を残しており、特に作曲家自身との共演は特筆されます。カバレフスキーは彼の演奏に感銘を受け、チェロ協奏曲第2番を献呈し、シャフランはその初演と録音を行いました。また、ショスタコーヴィチとのチェロソナタの録音は伝説的とされ、シャフランが音楽的なアイデアを提案する際に、作曲家が耳を傾けたという逸話も残されています。ピアニストとしては、初期は妻ニーナ・ムシニャンと、後にアントン・ギンズブルクと長期にわたるデュオを組み、数々の演奏と録音を残しました。
彼の国際的な名声は、ソ連および旧東側諸国外への演奏旅行が限定的であったこと、録音の多くがソ連国営レーベル「メロディア」に限られていたことから、同時代の他の巨匠と比べると西側諸国では限られていました。それでも、1960年にはカーネギーホールでアメリカデビューを果たし、1964年にはイギリスでも演奏会を行っています。日本やオーストラリアへの訪問もありました。彼の演奏活動は、ベルリンの壁崩壊の頃に静かに幕を閉じました。
シャフランの演奏は、詩的で謙虚なアプローチの中にも、際立った情熱が宿っていました。豊かな音色、自由なフレージング、そして非凡な技術は彼のトレードマークでした。彼の演奏スタイルは、楽器から引き出される音の多様性、音楽的な自由さ、そして圧倒的な技術的熟練によって特徴づけられます。
特筆すべきは、彼が生涯を通じて、14歳で獲得したアントニオ・アマーティ作のチェロ（1630年頃製作）を愛奏したことです。この楽器はフルサイズよりやや小さめであったため、巨匠の活動に十分な響きを持つか疑問視されたこともありましたが、シャフランの録音からは、その楽器が持つ潜在能力を最大限に引き出し、力不足を感じさせない彼の技術と表現力が明らかになります。シャフランの死後、この歴史的なチェロは彼の未亡人によってグリンカ博物館に寄贈され、現在はロシアの文化遺産として保管されています。
ダニール・シャフランは、その個性的な解釈、揺るぎない技術、そして楽器との深い絆を通じて、ソヴィエト時代のチェロ演奏史に確固たる足跡を残しました。彼の録音は今なお多くのチェロ愛好家や音楽家によって聴き継がれています。
音楽に囲まれた幼少期
シャフランの父ボリスはレニングラード・フィルハーモニー管弦楽団の首席チェリスト、母フリーダはピアニストでした。彼は文字通り、生まれる前から音楽の響きに親しんで育ちます。初めてチェロに触れたのは8歳半の頃、父の手ほどきを受けました。厳格な音楽家でもあった父からは、勤勉な練習や高い目標を目指すことの重要性、そして求められる演奏能力を遥かに超える技術習得への努力といった、生涯にわたる音楽家としての訓戒を学びました。この頃、彼は練習において自分自身に厳しくあるべきだという姿勢も固めたといいます。
天賦の才能と師事
10歳になる頃、シャフランは父に連れられ、レニングラード音楽院教授であったアレクサンドル・シトリメルの門を叩きます。当初は子供のための特別音楽学校で、その後は音楽院でシトリメルから10年以上にわたり指導を受けました。シャフランは生涯、シトリメル以外の正規の師を持つことはありませんでしたが、自己の経験や同時代の音楽家たちを「第二の先生」と見なし、常に学び続けました。
若きスターの誕生
彼の才能は早くから頭角を現し、10歳で音楽院のコンサートにおいて公開の場でデビューを果たし、難易度の高い作品を披露しました。11歳でオーケストラとの協演デビューを飾り、アルバート・コーツ指揮のレニングラード・フィルとチャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」を演奏しています。特に、14歳で年齢制限に満たないながら特例参加した1937年の全ソコンクールでの第一等賞受賞は、彼を国民的なスターへと押し上げました。この時、彼は副賞として貴重なアントニオ・アマーティのチェロを授与され、この楽器が以降の彼のキャリアを支えることになります。
ロストロポーヴィチとの時代
第二次世界大戦による活動の中断を経て、シャフランは同世代のムスティスラフ・ロストロポーヴィチと共に、ソ連を代表する若手チェリストとして並び立ちます。1949年のブダペストでの音楽祭や、1950年のプラハでのヴィハーン・コンクールでは、両者共に第一等賞を獲得し、その卓越した技術は多くの音楽家から賞賛されました。この二人は傑出した存在でありながら、その芸術的気質は異なっていました。シャフランは細部へのこだわりから小品において特に輝きを見せ、彼の詩的な感性や豊かな音色のパレットは、ロマン派や印象派のレパートリーに比類なく適合していました。この気質の違いは、彼らが後に歩む全く異なる道のりを決定づけることにもなります。
演奏活動と国際的な評価
音楽院卒業後、シャフランはモスクワに移り、独奏者としての活動を本格化させました。キャリアの初期には困難も経験しましたが、最初の妻でピアニストのニーナ・ムシニャンの支えも得て、芸術家として成熟していきました。彼は主要なチェロ協奏曲、室内楽、無伴奏作品に加え、高音域での驚異的な技術を活かしてヴァイオリン作品を原調で演奏するなど、幅広いレパートリーを持ちました。また、自ら編曲も手掛け、チェロのレパートリーの拡大にも貢献しています。
シャフランは数多くの録音を残しており、特に作曲家自身との共演は特筆されます。カバレフスキーは彼の演奏に感銘を受け、チェロ協奏曲第2番を献呈し、シャフランはその初演と録音を行いました。また、ショスタコーヴィチとのチェロソナタの録音は伝説的とされ、シャフランが音楽的なアイデアを提案する際に、作曲家が耳を傾けたという逸話も残されています。ピアニストとしては、初期は妻ニーナ・ムシニャンと、後にアントン・ギンズブルクと長期にわたるデュオを組み、数々の演奏と録音を残しました。
彼の国際的な名声は、ソ連および旧東側諸国外への演奏旅行が限定的であったこと、録音の多くがソ連国営レーベル「メロディア」に限られていたことから、同時代の他の巨匠と比べると西側諸国では限られていました。それでも、1960年にはカーネギーホールでアメリカデビューを果たし、1964年にはイギリスでも演奏会を行っています。日本やオーストラリアへの訪問もありました。彼の演奏活動は、ベルリンの壁崩壊の頃に静かに幕を閉じました。
独自のスタイルと愛器アマーティ
シャフランの演奏は、詩的で謙虚なアプローチの中にも、際立った情熱が宿っていました。豊かな音色、自由なフレージング、そして非凡な技術は彼のトレードマークでした。彼の演奏スタイルは、楽器から引き出される音の多様性、音楽的な自由さ、そして圧倒的な技術的熟練によって特徴づけられます。
特筆すべきは、彼が生涯を通じて、14歳で獲得したアントニオ・アマーティ作のチェロ（1630年頃製作）を愛奏したことです。この楽器はフルサイズよりやや小さめであったため、巨匠の活動に十分な響きを持つか疑問視されたこともありましたが、シャフランの録音からは、その楽器が持つ潜在能力を最大限に引き出し、力不足を感じさせない彼の技術と表現力が明らかになります。シャフランの死後、この歴史的なチェロは彼の未亡人によってグリンカ博物館に寄贈され、現在はロシアの文化遺産として保管されています。
ダニール・シャフランは、その個性的な解釈、揺るぎない技術、そして楽器との深い絆を通じて、ソヴィエト時代のチェロ演奏史に確固たる足跡を残しました。彼の録音は今なお多くのチェロ愛好家や音楽家によって聴き継がれています。
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