ダルムシュタット市電

ドイツ中部ヘッセン州に位置する古都、ダルムシュタット。この街の公共交通を支える重要な存在が路面電車、ダルムシュタット市電（ドイツ語: Straßenbahn Darmstadt）です。2021年現在、ダルムシュタット市内の交通を担うHEAGモビーロによって運営されています。

黎明期の蒸気から電化へ

ダルムシュタットにおける軌道交通の歴史は、1886年 8月30日に始まりました。当初はダルムシュタット市から委託を受けた民間企業のコンソーシアムが運営するスチームトラム（蒸気機関車が客車を牽引する方式）でした。エバーシュタットやグリスハイムといった郊外へ向かう路線が開通し、1890年にはアルハイルゲン方面へも延伸。初期の路線網は総延長17.8キロメートルに達しました。しかし、スチームトラムは煤煙や騒音が問題となり、市街地中心部への導入は困難でした。

そこで、ダルムシュタット市は1895年に中心部への路面電車の建設を決定し、1897年 11月23日には電化路線の営業運転が開始されました。これにより、市内には二つの異なる軌道システムが存在することになります。

事業者統合と電化の完了

将来的な発展を考慮し、これら異なる事業者の路線網を統合するため、1912年にはヘッセン鉄道株式会社（HEAG）が設立されました。HEAGのもとで、第一次世界大戦中の中断を挟みつつ、郊外路線の電化が推進されます。そして1922年 3月31日、スチームトラムはその歴史を終え、ダルムシュタット市電は全面的に電化された路面電車として歩み始めました。

インフレーションの影響による一時的な運行停止といった困難もありましたが、情勢が安定すると積極的に路線の延伸が実施されました。第二次世界大戦直前の1938年には、総延長43キロメートル、車両数64両という規模に発展しました。しかし、戦争の勃発により延伸計画は中断。事業者名も発電部門の重要性からヘッセン電気事業（HEAG）に変更されました。1944年 9月11日の空襲はダルムシュタットに甚大な被害をもたらし、市電も運行を停止せざるを得なくなります。全系統の運行が復旧したのは終戦後の1946年でした。

モータリゼーションへの対応と近代化

戦後、西ドイツの路面電車となったダルムシュタット市電は、自動車の普及（モータリゼーション）という新たな波に直面します。この影響で、1960年にはハインハイマー通り、1970年代初頭にはオーバーヴァルトハウスへの路線が廃止されました。

一方で、市電は存続と近代化を目指して進化を続けます。新規路線の建設や既存ルートの変更といった改良工事が進められたほか、輸送力向上を図るため1960年代からは連接車が導入されました。また、1977年にはバス路線と連携したコンピューターによる運行管理システムが導入され、1980年代以降は信用乗車方式へと運賃支払方法が転換されるなど、運営効率化と利便性向上が図られました。

運営体制においても、長らくヘッセン電気事業が担っていましたが、1989年には路面電車やバスなどの輸送部門が分離され、HEAG交通が設立されました。

再統一後の拡張とバリアフリー化

ドイツ再統一後の1991年からは、主要停留所を通過する急行運転が導入されました。最初に設定された6号線は、現在も運行される急行系統として定着しています。さらに、2000年代以降は路線の拡張が再開され、特にダルムシュタット北部では、かつて廃止された区間を含む延伸が進められました。最新の延伸区間は、2011年8月に開業したローウェンプラッツ - アルハイルゲン/ドライアイヒヴェーク間です。

車両面では、利用者の利便性向上のため、1994年以降超低床電車の導入が継続的に行われています。これにより、バリアフリー化が進むとともに、旧型車両の置き換えが進められています。

運営組織については、2004年にHEAGモビーロが設立された際に、路面電車運営を担うHEAGモビトラムへ事業が移管されましたが、2019年 11月にはHEAGモビトラムがHEAGモビーロと合併し、再びHEAGモビーロが一元的に運営する体制となっています。

系統と運賃

2021年現在、ダルムシュタット市電は9つの系統で運行されており、一部には急行運転を行う系統も含まれます。過去には1993年から2001年にかけて10号線という急行系統も存在しました。

運賃体系は、運営会社HEAGモビーロが加盟するライン＝マイン運輸連合（RMV）が定めたゾーン制が適用されています。中心部の大部分はダルムシュタットの中心ゾーン（ゾーン4001）に含まれますが、郊外へ向かう系統では複数のゾーンを跨いで運行します。基本的な料金設定は、1ゾーン内が2.1ユーロ、2ゾーンを跨ぐ場合は2.75ユーロ（2021年時点）となっています。

多様な車両たち - 現役、未来、そして過去

ダルムシュタット市電の車両には、動力車を「ST」、付随車を「SB」と呼ぶ独自の形式名が付与されています。現役車両としては、3車体連接車のST12、部分超低床車のST13・ST14、そして超低床付随車のSB09が主力です。ST12は超低床付随車のSB09と連結して運行され、低床化による乗降性の向上を図っています。

将来を見据え、HEAGモビーロは2020年 1月にスイスのシュタッドラー・レールと新型車両ST15の導入契約を締結しました。これは全長43メートル、定員284人（着席103人）の5車体連接式超低床電車で、旧型車両ST12の置き換えと輸送力増強を目的としています。環境負荷の低い空調システムや運転支援システムなどを備え、2023年以降の営業運転開始を目指し、25両が発注されています。

市電の長い歴史の中で活躍した多くの車両は、その役目を終えた後も様々な形で保存されています。ダルムシュタット＝クラニヒシュタイン鉄道博物館協会では一部の車両を動態保存しており、かつての姿を見ることができます。また、1990年代以降に引退した車両の多くは、遠くルーマニアのヤシ市電へ譲渡され、第二の活躍の場を得ました。

ユニークな蒸気機関車運行「燃えるエリアス号」

ダルムシュタット市電のユニークな試みとして、特定の週末に運行される蒸気機関車牽引列車「燃えるエリアス号（Feuriger Elias）」があります。これは1997年の電化100周年を記念した動態保存運転が好評だったことから、1998年以降定期的に運行されるようになったものです。使用される蒸気機関車「7」は、元々工業用として製造された貴重な車両で、ダルムシュタット市電の軌間に合わせて復元されました。牽引される客車も、かつての車両を基に改造・復元された個性的な車両たちで、乗客はレトロな雰囲気の中で特別な体験を楽しむことができます。

ダルムシュタット市電は、古い歴史を大切にしながらも、常に新しい技術やシステムを取り入れ、市民生活を支える重要な交通インフラとして発展を続けています。

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