チェルノブイリ・ネックレス

チェルノブイリ・ネックレス：原子力事故の傷痕

チェルノブイリ・ネックレスとは、チェルノブイリ原子力発電所事故に起因する甲状腺癌の治療で甲状腺を摘出した後、患者の首に残る手術痕を指します。水平方向に走るこの傷跡は、放射性物質による内部被曝が原因で発症した甲状腺癌手術の象徴的な証として、特にベラルーシで多く見られることから「ベラルーシアン・ネックレス」とも呼ばれています。

ネックレスという名称は、その形状が装身具のネックレスに似ていることに由来しますが、同時に、宝石の輝きとは対照的な、事故の負の遺産を象徴する皮肉的な意味合いも持ち合わせています。この傷痕は、単なる肉体的な損傷ではなく、事故の犠牲者であるという事実を生涯に渡り視覚的に示し続ける、深い精神的な負担を伴うものなのです。

ヨウ素と甲状腺癌

甲状腺ホルモンの生成にはヨウ素が不可欠です。人体に吸収されたヨウ素は甲状腺に集積されますが、原子力事故などによって環境中に放出された放射性ヨウ素（ヨウ素131）は、安定ヨウ素と同様に甲状腺に蓄積され、内部被曝を引き起こします。この内部被曝が甲状腺癌の発症リスクを高めるのです。

チェルノブイリ事故後、周辺地域では特に小児を対象に甲状腺癌の多発が確認されました。多くの子供たちが甲状腺全摘術を受け、首にチェルノブイリ・ネックレスが残されました。この傷痕は、長期間消えずに残るため、事故被害者であることを常に意識させ、患者の心的外傷や人生への悪影響を及ぼす一因となっています。

手術と手術創

甲状腺癌の治療は、原則として手術による摘出が中心です。再発防止のため、腫瘍だけでなく、甲状腺全体と周辺のリンパ節を摘出する手術が行われます。腫瘍の大きさや広がりによっては、胸鎖乳突筋周辺まで切開が必要となるケースもあり、首に比較的大きな傷跡が残ることになります。

手術後の傷跡は、患者の約8割において1年後には2mm以下の細い線になり、目立たなくなります。しかし、残りの2割では傷が赤く盛り上がり、ケロイド体質との関連性が示唆されていますが、その原因は完全に解明されていません。この傷跡が、患者の人生に影を落とす期間の長さは、人によって大きく異なるのです。

チェルノブイリ事故以降

チェルノブイリ事故後、ベラルーシ、ウクライナ、ロシア、ポーランドなど周辺国で小児の甲状腺癌の発症率が急増しました。特にベラルーシのゴメリ州では、事故前には年間1人だった小児甲状腺癌患者が、事故後には年間50人以上に増加したと報告されています。

この小児への影響が大きかった理由として、乳幼児が空気や食物連鎖を通じて放射性ヨウ素を摂取した可能性や、地域住民がヨウ素欠乏状態にあったことが指摘されています。事故の深刻さを示す事例として、チェルノブイリ・ネックレスは、忘れ去られることのない悲劇的な象徴と言えるでしょう。

チェルノブイリ以外での懸念

チェルノブイリ・ネックレスは、チェルノブイリ周辺以外でも懸念されています。

アメリカ合衆国のジャーナリスト、ヴァレリー・ブラウン氏は、自身が甲状腺癌を発症し、チェルノブイリ・ネックレスと同様の手術痕が残ったことを報告。チェルノブイリ事故よりも、ネバダ核実験場での大気圏内核実験の影響を疑っています。

福島第一原子力発電所事故後も、同様の懸念が表明されましたが、甲状腺検査の結果、チェルノブイリ事故後のような甲状腺癌の急増は確認されていません。しかしながら、長期的な影響については、引き続き注意深く監視していく必要があります。福島県による大規模な甲状腺検査は、将来の健康リスクを評価する上で貴重なデータを提供するものと期待されています。

チェルノブイリ・ネックレスは、原子力事故による健康被害の深刻さと、その長期的な影響を私たちに改めて突きつける、痛ましい現実です。

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