チェルル (マーシア王)

チェルル（Cearl）

概要

チェルル（Cearl）は、アングロ・サクソン七王国時代、7世紀前半に現在のイングランド中部を支配したマーシア王国の君主です。生没年および正確な在位期間は明らかになっていませんが、概ね606年頃から626年頃にかけて王国を治めたと推測されています。後世に歴史家ベーダ・ヴェネラビリスが著した『イングランド教会史』において、その名が初めて確認できるマーシア王として歴史に名を残しています。後にマーシアを隆盛に導くことになる高名な王、ペンダの先代の王としても知られています。

出自と家族

チェルルの出自は明確ではありません。彼がマーシアの王統に連なる人物であったかどうかも不明瞭であり、12世紀の歴史家ハンティングドンのヘンリーは、先代の王とされるピュバの息子ではないものの、その親族であった可能性を示唆しています。

ベーダの記述からは、チェルルにはクウェンブルホ（Cwenburh）という名の娘が一人いたことがわかっています。クウェンブルホは、後にノーサンブリア王となるエドウィンの妃となりました。当時エドウィンは敵対者から逃れて亡命中の身でしたが、チェルルは彼に娘を嫁がせたのです。この婚姻により、クウェンブルホはエドウィンとの間にオスフリス（Osfrith）とエアドフリス（Eadfrith）という二人の息子をもうけました。

治世とマーシアの独立

チェルルが王位にあったとされる時代、マーシアは北方の強国ノーサンブリアの影響下に置かれていたと考えられています。9世紀の歴史書『ブリトン人の歴史』は、マーシアがノーサンブリアからの真の独立を果たしたのは後代の王ペンダの時代になってからだと伝えています。しかしながら、現代の歴史家たちの間では、この認識とは異なる見方が有力になりつつあります。彼らは、チェルルの治世において、マーシアがすでにノーサンブリアの完全な支配下にはなかった、あるいは一定の独立性を保っていた可能性を指摘しています。

この説の根拠の一つとして挙げられるのが、チェルルがノーサンブリア王エゼルフリスの政敵であった亡命中のエドウィンに娘を嫁がせた事実です。もしチェルルがノーサンブリアの従属君主であったならば、宗主国の敵に公然と加担するような行動は極めて困難だったと考えられます。ただし、歴史家D.P.Kirbyは別の可能性を提示しています。当時のマーシアは確かにノーサンブリアの影響下にあったものの、同時にイースト・アングリア王レドワルドという強力な君主の勢力圏にも属しており、チェルルはこのレドワルドの庇護や影響力のもとで、エドウィンとの婚姻同盟を結ぶことができたのではないかと論じています。このように、チェルルが王国をどの程度まで自律的に運営できていたのかは、依然として議論の的となっています。

ペンダとの関係

チェルルの後、マーシアの王位はピュバの息子とされるペンダによって継承されました。王位の交代がいつ、どのような経緯で行われたのかは明確には分かっていません。アングロ・サクソン年代記によれば622年、あるいは少なくとも633年以前のことと考えられています。チェルルとペンダの間にどのような血縁関係があったのか、また、権力の移行が円滑に行われたのかどうかも不明です。

後になってノーサンブリア王となったエドウィンに対し、ペンダが敵対的な行動をとっていることから、チェルルにとってペンダは政敵であった可能性も示唆されています。さらに、ペンダがチェルルの外孫にあたるエアドフリス（娘クウェンブルホとエドウィンの息子）を処刑したことも、ペンダとチェルル、あるいはチェルルの血を引く者たちの間に敵対関係があった根拠としてしばしば挙げられます。

一方で、エアドフリスの殺害については異なる解釈も存在します。これは、エドウィンの息子であるエアドフリスを脅威とみなしたノーサンブリアの次の王オスワルドが、ペンダに圧力をかけて処刑させたという見方です。しかしながら、ペンダ自身にとっても、エドウィンの息子であるエアドフリスは、オスワルドに対抗するための政治的な駒として利用できる可能性があった一方で、先代の王チェルルの外孫という立場から、自身の王位に対する潜在的な脅威となりうる存在でした。そのため、ペンダが自らの意思でエアドフリスを排除した可能性も十分に考えられます。

チェルルに関する史料は限定的であり、彼の出自、正確な治世、そして後継者であるペンダとの関係など、その実像には多くの謎が残されています。彼の存在は、初期マーシア王国が周辺の強国、特にノーサンブリアとの関係の中で自国の地位を確立していく過程を知る上で、貴重な手がかりとなっています。

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