チャリング・クープマンス

チャリング・チャールズ・クープマンス

チャリング・チャールズ・クープマンス（Tjalling Charles Koopmans、1910年8月28日 - 1985年2月26日）は、オランダ出身で後にアメリカ合衆国で活躍した、影響力のある経済学者、数学者です。線形計画法の理論を経済分析に応用し、「アクティビティ分析」と呼ばれる独創的なアプローチを確立したことで知られています。この資源の最適な配分に関する理論体系への顕著な貢献が認められ、1975年にはレオニード・カントロビッチと共にノーベル経済学賞を受賞しました。姓のオランダ語読みは「コープマンス」に近いとされています。

略歴

1910年、オランダのス＝フラーフェラントに生まれたクープマンスは、当初ユトレヒト大学で数学を学びますが、後に理論物理学へと専攻を変更します。同大学で物理学と数学の学士号および修士号を取得した後、1934年には分子の第一イオン化エネルギーと電子親和力に関する重要な成果である「クープマンズの定理」を発表しました。1936年にはライデン大学から物理学と数学の博士号を取得。この頃、数理経済学の先駆者であるヤン・ティンバーゲンとの出会いを経て、経済学、特に計量経済学や統計学の研究へと関心を広げていきました。

1936年から1940年にかけて、彼はジュネーブにある国際連盟で勤務し、この期間に『経済的時系列の線形回帰分析』（1937年）や『タンカー運賃率とタンカー建造』（1939年）といった著作を出版しました。第二次世界大戦が勃発すると、1940年にアメリカ合衆国へ移住し、ワシントンD.C.の政府機関である船荷調整局で統計学者として戦時体制下での業務に携わりました。1944年にはシカゴ大学付属のコウルズ委員会（後にコウルズ財団と改称）に加わり、大学でも教鞭を執るようになります。ここでは、最適な経路選択に焦点を当てた交通経済学の研究なども行いました。また、1948年から1950年にかけて、『動学経済学モデルにおける統計的推論』の共同編集者を務めました。

経済学における彼の貢献は広く認められ、1950年には計量経済学会の会長に就任しました。1955年、コウルズ財団がイェール大学に移転すると、彼もイェール大学の教授となり、最適成長理論やアクティビティ分析に関する研究を精力的に推進しました。1975年のノーベル経済学賞受賞は、彼の長年の研究成果が高く評価されたものです。1978年にはアメリカ経済学会の会長も務めました。1981年にイェール大学を退職し名誉教授となった後も、様々な大学から名誉学位を授与されるなど、その学識は尊敬を集めました。1985年、74歳でその生涯を閉じました。

主な業績：アクティビティ分析

クープマンスの最も重要な業績であり、ノーベル賞受賞の直接的な理由となったのが「アクティビティ分析」の開発です。この分析手法は、1951年に発表された著作『Activity Analysis of Production and Allocation（生産と配分のアクティビティ分析）』において詳細に展開されました。アクティビティ分析の中心概念である「アクティビティ」とは、ある財を単位量生産するために必要な、複数の生産要素の特定の技術的な組み合わせを示すものです。

伝統的な経済学の生産理論では、生産に必要な要素の技術的な組み合わせが無数に存在し、それらを連続的に代替できると仮定されることが一般的でした。しかし、現実の生産プロセスにおいては、利用可能な技術的な組み合わせは有限であることが多いという問題点がありました。アクティビティ分析は、このような現実の制約、すなわち有限個の具体的なアクティビティを前提とし、線形計画法の数学的理論を用いて、限られた資源を最大限に活用するための最適な配分条件を具体的に導き出そうとするものです。これにより、伝統的な経済理論を、現実世界における生産計画や経済全体の計画といった具体的な資源配分問題へ応用することを可能にしました。

クープマンスは、1930年代以降に進展していたフォン・ノイマンやワシリー・レオンチェフによる固定係数に基づく経済全体の一般均衡モデルの研究や、ジョージ・ダンツィクらによる線形計画法の発展といった当時の学術動向を背景に、アクティビティ分析を展開しました。彼は、個別の生産プロセスを固定的な係数で表される「アクティビティ」として捉え、これらのアクティビティを線形結合することで、伝統的な連続的な生産関数を用いた分析と同等の、あるいはそれ以上の洞察が得られることを示しました。この手法を彼はアクティビティ分析と名付けました。

また、1951年の論文『Analysis of Production as an Efficient Combination of Activities（アクティビティの効果的組み合わせに関する生産の分析）』では、生産の技術的な効率性を追求することと、利潤を最大化することが経済学的に等価であることを数学的に示しました。この発見は、計画経済における資源配分の効率性を巡る「社会主義経済計算論争」に対して、理論的な側面から重要な示唆を与えました。

さらに、1957年の著書『Three Essays on the State of Economic Science（経済学の現状に関する3つの小論）』では、線形計画法やアクティビティ分析の手法を自身の研究の中で独自に発見・発展させた経緯に触れつつ、これらの手法を現実的かつ理論的な一般均衡モデルに応用する可能性を論じました。

人物とエピソード

クープマンスは、経済学者としての卓越した才能に加え、音楽家・作曲家としても才能豊かな人物であり、音楽は彼の生涯変わらぬ趣味でした。

日本の経済学者である浜田宏一氏は、自身の著書の中でクープマンスとの交流を述懐しています。浜田氏によれば、クープマンスは「ハンサムな先生」であり、その講義は非常に明晰であったといいます。ノーベル賞受賞後、クープマンスが共同受賞者であったレオニード・カントロビッチに敬意を表してか、ロシア語を学習していることを知った浜田氏が「先生のお歳で新しい外国語を学ぶのはたいへんでしょう」と尋ねた際、クープマンスは「コウイチ、そんなに人間の知的能力の射程を見くびってはいけない」と静かに諭したそうです。このエピソードは、クープマンスの知的好奇心の旺盛さと、若手研究者への温かい励ましを示しています。

また、シカゴ大学付属のコウルズ研究所（委員会）に所属していた頃、ミルトン・フリードマンとの間で、学問における「計画なき理論」（理論を重視する立場）か「理論なき計画」（実証を重視する立場）かという著名な論争を交わしました。フリードマンが「理屈が合っても実証に裏付けられない知識は役に立たない」と主張したのに対し、クープマンスは「いくら統計上の相関があっても、なぜそうなるか理屈がわからないような関係は政策に使えない」と主張し、理論的な整合性の重要性を訴えました。この論争は、その後の経済学における理論と実証の関係性について、多くの示唆を与えるものとなりました。

チャリング・チャールズ・クープマンスは、数学的手法を駆使して経済学に新たな地平を切り開き、特に資源配分問題の分析に革命をもたらした偉大な学者として、その名を歴史に刻んでいます。

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