アフリカ中央部の
ルワンダと
ブルンジを主な居住地とするツチは、かつてはフツ、トゥワと共にこの地域を構成する三つの主要な
民族集団の一つとして認識されていました。16世紀頃、牧畜を営む集団として生まれたツチは、
ルワンダと
ブルンジにおける王室を支える役割を担っていました。そのため、第一次世界大戦後のドイツ、ベルギーによる植民地支配下では、農耕民であるフツや狩猟採集民であるトゥワに対する間接統治者として、支配階級の地位を享受しました。
しかし、1960年代からの独立運動の高まりと共に、多数派であるフツとの間で深刻な対立が生じるようになり、悲劇的な結末を迎えます。1994年に発生した
ルワンダ紛争では、推定50万人から100万人にも及ぶツチの人々が虐殺されました。この凄惨な出来事は、世界に衝撃を与え、人々の記憶に深く刻まれています。
近年では、ツチとフツは同じバントゥー系人種であるとの見解が一般的になりつつあり、「ツチ族」「フツ族」といった表現は避けられる傾向にあります。
共同通信社の『記者ハンドブック 新聞用字用語集』でも、これらを「ツチ人」「フツ人」「ツチ」「フツ」と改めるよう推奨しています。本稿でも、簡潔に「ツチ」「フツ」と表記します。
ヒューマン・ライツ・ウォッチの報告によると、
ルワンダ紛争後も
ルワンダにはツチの人口の約77%が居住し続けています。
ルワンダにおいては少数派ながらも、大統領を輩出するなど政治的な影響力も持ち合わせています。しかし、歴史的な経緯から、フツとの直接的な対立は避けられてきました。
ツチとフツは同じ言語と宗教を共有し、文化にも共通点が多いです。ツチとフツの混血も珍しくなく、特にフツの男性とツチの女性の結婚は比較的多く見られます。現代においては、ツチかフツかを意識する機会は減少していると言われています。文脈によっては、支配階層を指して単に「ツチ」という言葉が用いられるケースも増えています。
しかしながら、長年にわたる国内紛争やツチ系ゲリラによるフツ系住民への襲撃、そしてそれによる難民発生といった歴史的背景から、個々の住民は依然として、自身のアイデンティティを強く意識していると考えられます。
ツチの起源については、様々な議論があります。かつては、ヨーロッパ人の到来と共に広まったハム仮説に基づき、
15世紀に
エチオピアから移住してきた牧畜民だとする説がありました。この説では、ツチをナイル系の半ハム人種として位置付けていました。しかし、近年のY染色体遺伝子解析の結果では、ツチが
エチオピア系の遺伝子を持つという証拠は見つかっていません。
現在の主流の見解は、フツとツチは元々は境界が曖昧なバントゥー系集団であり、ドイツとベルギーの植民地政策において、ツチが支配層として利用されたというものです。ベルギー当局は、牛を10頭以上所有する者や、鼻が高い者をツチと分類し、支配層に据えました。ツチが牛飼いや戦士として、フツが農耕民として生計を立てていたという事実も、この見解を支持する証拠となっています。
ルワンダ紛争という悲劇的な歴史、そして複雑な
民族間の関係性を持つツチ。彼らの歴史と現在を理解することは、アフリカの歴史、そして
民族間の共存を考える上で非常に重要な要素となるでしょう。今後の研究の進展により、ツチの起源や歴史に関する理解はさらに深まっていくことが期待されます。