ティトゥス浴場

ティトゥス浴場は、ローマ帝国第10代皇帝ティトゥスによって西暦80年にローマ市内に築かれた公共浴場施設です。

その正確な位置は、古代ローマのエスクイリーノの丘、今日のローマ市街ではコッレ・オッピオ公園の南西端に近く、著名な円形闘技場であるコロッセオ（フラウィウス闘技場）のすぐ北隣に位置していました。ラテン語では「テルマエ・ティティ（Thermae Titi）」と呼ばれます。

この浴場が建設された敷地は、かつて第5代皇帝ネロが広大な宮殿「ドムス・アウレア（黄金宮殿）」を造営した場所の一部でした。ティトゥス浴場は、そのドムス・アウレアの一部を取り壊し、その跡地や建材を再利用する形で造られました。特筆すべきは、その供用開始が西暦80年、つまりローマ帝国の象徴ともいえるコロッセオの盛大なこけら落としの催しと時を同じくしていたと伝えられている点です。これは、皇帝が市民に提供する公共サービスの充実と、新たな時代の幕開けを印象づける意図があったのかもしれません。

ティトゥス浴場は、後にローマ各地に建設される大規模な皇帝浴場群と比較すると、比較的小規模な施設でした。しかし、皇帝が市民のために公共浴場を整備するという行為は、ローマ社会において非常に重要な意味を持っており、ティトゥス浴場はその初期の皇帝浴場の一つとして位置づけられます。実際に、この浴場が竣工してからわずか約20年後には、そのすぐ北東に隣接する形で、より巨大で豪華なトラヤヌス浴場が建設されました。これは、公共浴場が時代のニーズと共に規模を拡大していった過程を示す好例と言えるでしょう。

ティトゥス浴場は、建設からしばらくの間は活用されていましたが、その歴史の中で少なくとも二度の重要な改修を受けたことが記録に残っています。一度目は2世紀初頭、第14代皇帝ハドリアヌス帝の治世に行われ、二度目は238年でした。しかし、これらの改修を経た後、時代が進むにつれて浴場は次第に利用されなくなり、最終的には放置されて比較的早い時期に廃墟と化してしまったと考えられています。

建物の大部分はその後も長期間にわたってその姿を留めていたようで、特に16世紀頃には、著名なイタリアの建築家アンドレーア・パッラーディオがその平面図を詳細に記録しています。しかし、パッラーディオが調査を行った後すぐに、建物は完全に解体されてしまったようです。浴場を構成していた大理石などの貴重な建材は、そのまま廃棄されたわけではなく、当時のローマで盛んに建設されていた他の重要な建築物に転用されました。例えば、ジェズ教会や、バチカン宮殿内のベルヴェデーレの中庭などが、ティトゥス浴場から運ばれた石材を利用した建築物として知られています。このように、ティトゥス浴場そのものは現存していませんが、その遺構はローマの別の建築物の一部として、今なお息づいていると言えるでしょう。

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