ティンウー

ティンウー：激動のミャンマーを生きた軍人・政治家

ウー・ティンウーとしても知られるティンウー（1927年3月11日 - 2024年6月1日）は、ミャンマーの現代史において極めて重要な役割を果たした人物です。軍人として輝かしいキャリアを築いた後、民主化運動の中心人物へと転身し、国民民主連盟（NLD）を創設。ミャンマーの政治状況が大きく揺れ動く中で、常にその中心に身を置いてきました。

軍人としての台頭と栄光

ティンウー氏の軍歴は、第二次世界大戦中の1942年、わずか16歳でビルマ防衛軍に入隊したことから始まります。日本占領下で再編されたこの部隊で軍事教育を受け、若くして士官候補生となりました。戦後、独立後のミャンマー国軍においても昇進を重ね、1951年には歩兵大隊を指揮する立場に就きました。この時期、彼はシャン州北部で活動する中国国民党軍の残党や、ラカイン州北部で反乱を起こしていたムジャヒッド党といった武装勢力との戦闘で功績を挙げ、その能力を認められます。特に、ビルマ共産党（CPB）の主要な拠点であったバゴー山脈の中央軍管区司令官として7年半にわたり指揮を執り、対反乱作戦で重要な役割を果たしました。

1974年、ビルマが民政へ移行するのに伴い、ティンウー氏は国軍の最高位である総司令官に抜擢されます。その指揮能力と人間性から、彼は部下からも国民からも非常に高い人気を得ていました。この頃、全国で発生した労働者の抗議活動では、人々が「ティンウー将軍万歳！」と叫び、当時のネウィン議長らを非難するほど、彼の人気は絶大なものだったと言われています。

突然の失脚と逮捕

しかし、その人気がネウィン体制にとって脅威となります。1976年2月のある夜、末息子の死から間もないティンウー氏はネウィンに呼び出され、突然、総司令官の職を解任されました。表向きの理由は、彼の妻が自宅の改修のために香港からタイルやペンキを注文したという些細なものでしたが、実際には、彼の影響力を恐れたネウィンによる排除であったと広く見なされています。

この不当な解任に反発した部下の将校たちが、当時の指導者層の暗殺を計画しましたが、これは失敗に終わります。首謀者であるオーチョーミン陸軍大尉は逮捕され死刑判決を受け、ティンウー氏自身もこの計画への関与を疑われ、懲役7年の判決を受けて投獄されました。軍のトップから一転、囚われの身となったのです。

1980年、ティンウー氏は恩赦によって釈放されました。自由の身となった彼は、軍務から離れ、法学の学位を取得するなど、新たな道を模索しました。

民主化運動への参加とNLD創設

ティンウー氏が再び政治の表舞台に登場したのは、1988年に全土を揺るがした大規模な民主化運動、いわゆる8888運動の時でした。アウンサンスーチー氏やアウンジー氏らと共に、民主化を求める人々の期待を背負い、運動の主要なリーダーの一人として立ち上がりました。運動が収束に向かう中で、民主化勢力の受け皿として国民民主連盟（NLD）が結成されると、彼はその創設メンバーの一人として、かつてネウィン体制下で軍を追われた150人以上の元軍人たちと共に参加。NLDの副議長に就任しました。これは、国軍の目には深刻な背信行為と映り、その後のNLDに対する厳しい弾圧の一因になったと言われています。

NLDの幹部として活動を開始したティンウー氏ですが、その道のりは平坦ではありませんでした。1989年7月にはアウンサンスーチー氏と共に自宅軟禁下に置かれ、1995年3月まで解放されませんでした。その後も、2000年や2003年と繰り返し拘束や自宅軟禁を経験することになります。特に2003年5月には、スーチー氏の遊説中に国軍系の組織関係者とみられる群衆による襲撃事件が発生し、現場にいたティンウー氏も辛くも難を逃れましたが、事件後、スーチー氏と共に再び自宅軟禁下に置かれました。

2010年2月に自宅軟禁を解かれますが、その年に予定されていた総選挙への対応を巡りNLD党内で議論がある中、彼は軟禁中であったスーチー氏に代わり、選挙不参加を決定しました。この判断は、後にNLDが解党処分を受ける要因の一つとなりました。

物議を醸した発言とNLD政権下での役割

政治活動の中で、ティンウー氏は時に物議を醸す発言も行いました。特に2011年のインタビューでロヒンギャの人々を「不法移民」と呼び、過去の軍事作戦における自らの関与について言及したことは、人権団体からの批判を浴びました。彼は、ラカイン州の領土保全を守るための行動であったと主張しましたが、一方で、イスラム系住民への差別を煽っていたミャンマー愛国協会（マバタ）をNLDの活動を妨害しているとして批判し、後にマバタの有力な僧侶に謝罪するという出来事もありました。

2016年にNLDが政権を獲得すると、憲法の規定により大統領になれないスーチー氏に代わり、ティンウー氏を大統領に推す声も上がりましたが、彼はこれを固辞。自身は党の最高顧問として、NLD政権下での党の活動を支えました。憲法の規定により、閣僚となった者は党の活動に参加できなかったため、公の場ではNLDの代表者として重要な役割を果たしました。

晩年とレガシー

晩年、ティンウー氏は健康状態が悪化しました。90歳を超えてから脳卒中を患い、右半身の麻痺と言語障害により、車椅子での生活を余儀なくされます。2021年のクーデター後、多くのNLD関係者が国軍によって拘束される中、彼は高齢と健康状態から拘束を免れました。2021年12月には、国軍トップであるミンアウンフライン上級大将が彼の自宅を訪問しています。

ティンウー氏は2024年6月1日、老衰のため97歳で死去しました。彼の葬儀には、国内が内戦状態にあり、NLDが再び解党処分を受けるという厳しい状況下にもかかわらず、多くのNLD関係者が党のシンボルを身につけて参列するという、異例ともいえる光景が見られました。これは、ミャンマーの民主化運動とNLDにおける彼の存在の大きさを物語っています。

ティンウー氏は、軍人として国に仕え、その後、軍事政権と対峙して民主化を求めた稀有な人物でした。その生涯は、ミャンマーの近代史における権力闘争、民主化への希求、そして繰り返される弾圧の歴史そのものを体現しています。

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