デイビッド・ブラウン (実業家)

デイビッド・ブラウン卿：技術者から実業家へ

デイビッド・ブラウン卿（1904年～1993年）は、イギリスで活躍した卓越した技術者であり、類まれな手腕を持つ実業家でした。彼の名は、アストンマーティンやラゴンダといった高級車メーカーの再建、そして造船業界への進出など、数々の成功事業を通じて広く知られています。しかし、彼のキャリアは、祖父の代から続く歯車と工作機械の会社、デイビッド・ブラウン・アンド・サンズから始まりました。

若き日の挑戦：南アフリカと自作自動車

1904年、ヨークシャー州ハダースフィールドに生まれたブラウンは、ロッサル・スクール卒業後、17歳で家業であるデイビッド・ブラウン・アンド・サンズに入社。一般的な実習生として勤務を始めましたが、彼の並外れた才能と情熱は早くから開花しました。通勤手段として手に入れた大型バイクを改造し、週末はヒルクライムレースに参戦。その高い技術力は、マン島TTレースの公式チームからの誘いを受けるほどでした。

父親の反対を押し切り、南アフリカでの金鉱プロジェクトに参加した経験も彼の成長に大きく貢献します。責任者の不誠実さからプロジェクトは危機に瀕していましたが、ブラウンは自ら率先して課題を克服し、責任者としての役割を完璧にこなしました。

南アフリカ帰国後、ブラウンは自らの手で自動車を設計・製作するという壮大な目標を掲げます。睡眠時間を削って1.5リッター直列8気筒ツインカムエンジンを設計し、会社の設備を駆使して部品を製造。父親の制止を振り切り、完成させた自作自動車は、彼の並々ならぬ情熱と技術力の証でした。

その後、ウォームギア部門主任に昇進、ベルテッリ設計のアストンマーティンギア製造にも携わるなど、着実にキャリアを積み重ねていきます。ボクスホールのスーパーチャージャー製造を通して知り合った設計者との交流は、レース活動への挑戦へと繋がりました。さらに、アメリカ、アフリカ、ヨーロッパでの工場経営研修を経て、故郷ペニストンに鋳造工場を設立。鋳鉄の新技術導入により工場は急速に成長し、航空機や発電所など、幅広い産業に精密鋳造品を提供するようになりました。

事業拡大：トラクターから高級車へ

1932年には共同マネージングディレクター、翌年にはマネージングディレクターに就任し、デイビッド・ブラウン・アンド・サンズはブラウンの指導の下、更なる事業拡大を遂げます。1939年、ハダースフィールドの工場でトラクター製造を開始。独自開発のトラクターは7700台を販売する成功を収めます。第二次世界大戦中は軍事用部品の生産で業績を伸ばし、戦後、ブラウンは大きな財を築きました。

1947年、運命の転換期が訪れます。新聞広告で目に留まったのは、高級車メーカー、アストンマーティンの売却情報でした。試作車に試乗したブラウンは、その潜在能力を見抜き、20,500ポンドでアストンマーティンを買収。アトムの改良型を「アストンマーティン2リッター・スポーツ」として発売し、後に「DB1」と改名されるなど、アストンマーティンの復活に大きく貢献しました。

同年、経営難に陥っていたラゴンダの買収にも乗り出します。競合他社を出し抜き、驚くほど低い金額でラゴンダの資産、特にW.O.ベントレー設計の新型エンジンを獲得。このエンジンは、アストンマーティンDB2に搭載され、その性能は高い評価を得ることになります。1955年にはコーチビルダーのティックフォードを買収し、アストンマーティンとラゴンダの生産拠点を統合しました。

造船業への進出と晩年

1963年には、ヴォスパー社の経営権を獲得し、会長に就任。1966年にはジョン・I・ソーニクロフト社と合併し、ヴォスパー・ソーニクロフトと社名を変更しました。しかし、1977年の軍艦製造部門の国有化に激怒したブラウンは、イギリスを離れ、モンテカルロで隠居生活を送るようになります。1968年には、産業界への貢献が認められ、ナイトの称号を授与されました。

1972年には、財政難のためトラクター部門とアストンマーティン・ラゴンダを売却しましたが、アストンマーティン・ラゴンダの会長として終身名誉会長に就任。1993年、彼の生涯は幕を閉じましたが、彼の功績は、アストンマーティンDBモデルの名などに今も受け継がれています。

参考文献

Dowsey, David (2010). Aston Martin: Power, Beauty and Soul (Hardback). Mulgrave, Victoria, Australia: The Images Publishing. ISBN 978-1-86470-424-2
Noakes, Andrew (2017). Aston Martin DB: 70 Years (Hardback). London: Aurum Press. ISBN 978-1-78131-713-6

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