デイビッド・ラック

デイビッド・ランバート・ラック

デイビッド・ランバート・ラック（David Lambert Lack, 1910年7月16日 - 1973年3月12日）は、イギリスの著名な生態学者であり、鳥類学者です。彼は群選択の概念に反対し、個体選択の重要性を強く主張した初期の人物として知られています。また、進化学の分野に生活史戦略と生態学的アプローチを導入した先駆者の一人でもあります。

生い立ちと教育

ラックはロンドンで生まれ、ノーフォーク州のグレシャム・スクールで教育を受けました。その後、ケンブリッジ大学のモードリン・カレッジで自然科学を学びました。彼の父、ハリー・ランバート・ラックは軍医であり、後にイギリス医師会の会長を務めました。ハリーは農家の出身で、ロンドン王立病院で外科医として活躍しました。母キャサリンはスコットランド人の父とイギリス・インド軍の中尉の娘の間に生まれました。

幼少期、ラックはロンドンの邸宅で育ち、9歳になる頃には多くの鳥の名前を覚え、観察記録をつけるほど鳥類に深い関心を持っていました。ケンブリッジ卒業後、彼はダーリントンホール校で生物学教師として教鞭をとりました。

1938年の夏には、休暇を利用してガラパゴス諸島に渡り、趣味の鳥の行動研究に没頭しました。翌年には、カリフォルニア・アカデミーオブサイエンスや、エルンスト・マイアの家で研究活動を行いました。1939年に第二次世界大戦が始まると、イギリスに帰国しました。

戦争と研究への転換

第二次世界大戦中、ラックはイギリス軍のレーダー部隊に所属していました。終戦後、彼は高校教師に戻らず、研究者の道を選ぶ決断をしました。ガラパゴス諸島での研究が高く評価され、オックスフォード大学の野外鳥類研究所の所長に就任しました。戦争中の経験は、後の鳥の渡り研究にレーダーを用いるという発想に繋がりました。1948年には、ケンブリッジ大学モードリン・カレッジで理学博士号を取得しています。

1973年、ラックは癌のため生涯を閉じました。

研究業績

ラックの鳥類学における研究は、現生鳥類に焦点を当てています。彼はイギリスにおける生活史戦略研究のパイオニアであり、伝統的な鳥類学が形態や地理的分布に重点を置いていた時代に、鳥類の行動や生活史戦略に対する量的アプローチを導入しました。

彼の代表的な研究には、個体群の密度依存調節があります。彼は、自然選択が、生き残る子の数を最大化するようなクラッチサイズ（一巣卵数）を好むことを示しました。この解釈は、クラッチサイズが密度と関連がないと主張するウィン＝エドワーズとの間で論争を引き起こし、これは群選択に関する初期の議論の一つとなりました。ラックの研究は、主に巣棲性鳥類に基づいていましたが、近年の研究では海鳥など他の鳥類グループには必ずしも当てはまらない可能性が示唆されています。

ラックは、鳥類学雑誌に数多くの論文を発表し、独特で印象的なタイトルをつけることを得意としました。1935年に発表した「ビショップバードの領土と一夫多妻：ベニビタイキンランチョウ」という論文タイトルは、編集者にそれまで単に「ビショップ」と呼ばれていた鳥類が、タイトルによって誤解を招く可能性があると考えさせるほどでした。

ダーウィンフィンチの研究

ラックの最も有名な業績の一つは、「ダーウィンフィンチ」に関する研究です。彼はガラパゴス諸島のフィンチ類に、チャールズ・ダーウィンの名前を関連付けました。彼の研究には二つの解釈があり、結論に重要な違いがあります。一つは、ガラパゴス諸島訪問後に書かれた著書の中で、ダーウィンフィンチのくちばしの長さの違いを、種を認識するための信号、つまり生殖的隔離をもたらすメカニズムとして解釈しました。しかし、後に発表した著書では、くちばしの大きさの違いを、異なる食物ニッチへの適応と解釈しており、その後の観察研究によって、この後者の解釈の正しさが確認されています。ラックによれば、この解釈の転換は、戦時中にデータを再検討した結果であるとしています。この解釈の変化は、くちばしの違いを主に生殖的隔離メカニズムの副産物として考えるのではなく、それぞれのニッチに適した食物を扱うための自然選択による種分化の結果であると強調しています。ラックの研究は、現代の進化論の総合説に貢献し、進化が単なるランダムな現象ではなく、自然選択が進化の主要な原動力として機能していることを明確にしました。

ラックの研究は、その後のグラント夫妻らの研究の基礎となり、ガラパゴスの動物相によって提示された理論は、ロバート・マッカーサーやE.O.ウィルソンのような島嶼生物学の研究を促進しました。

エルンスト・マイアは、「種形成のプロセスは隔離だけでは不十分であり、潜在的な競争者との共存を可能にする適応の獲得が必要である」と述べ、デイヴィッド・ラックが種生態学の重要性に対する関心を高めた人物であると評価しています。

信仰と倫理

ラックは英国国教会の信者であり、1957年には「Evolutionary theory and Christian belief」という著書の中で、キリスト教信仰と進化論の関係について論じています。この著書は、後にスティーヴン・ジェイ・グールドによって明確にされる「重複することなき教導権」の概念を予示しています。アーサー・ケインは、「ラックは、宗教観が自然選択の視点に影響を与えなかった稀有な人物である」と述べています。

受賞歴と栄誉

1951年にロンドン王立協会の会員に選出され、1958年にはイギリス鳥類学者連盟からゴッドマン＝サルビン・メダルを受賞しました。1962年から1966年まで国際鳥類学会議の議長を務め、その間、1964年から1965年にはイギリス生態学会の会長も務めました。1972年にはダーウィン・メダルを受賞しました。

主要な著作

ラックは、数多くの著書と論文を執筆しており、その中でも特に重要なものとして以下の作品が挙げられます。

『ロビンの生活』
『ダーウィンフィンチ―進化の生態学』
『進化―ガンカモ類の多様な世界』
『鳥学の世界へようこそ』
『天上の鳥 アマツバメ―オックスフォード大学博物館の塔にて』
『The life of the Robin』
『Darwin's Finches』
『Robin Redbreast』
『The natural regulation of animal numbers』
『Swifts in a tower』
『Evolutionary theory and Christian belief: the unresolved conflict』
『Population studies of birds』
『Ecological adaptations for breeding in birds』
『Ecological isolation in birds』
* 『Island biology illustrated by the land birds of Jamaica』

これらの著書と論文を通じて、ラックは生態学と進化論の分野に多大な貢献をしました。

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