デジレ・クラリー

デジレ・クラリー：波乱の生涯

デジレ・クラリー（Désirée Clary, 1777年 11月8日 - 1860年12月17日）は、スウェーデン語名でデジデリア・アヴ・スヴェーリエ（Desideria av Sverige）として知られ、ベルナドッテ王朝の始祖であるカール14世ヨハンの王妃であり、次代の国王オスカル1世の母です。彼女は、一時ナポレオン・ボナパルトの婚約者であったことでも知られています。

生い立ち

1777年 11月8日、フランスのマルセイユで裕福な絹商人のフランソワ・クラリーと、その二度目の妻フランソワーズとの間に末娘として誕生しました。デジレは、家族、特に姉ジュリーとの強い絆を生涯にわたって保ちました。幼少期は修道院で教育を受けましたが、フランス革命の勃発により中断されました。

彼女が11歳だった頃、マルセイユの実家で後の夫となるジャン＝バティスト・ベルナドットと出会ったという逸話があります。ある日、兵士が宿を求めてきましたが、父が騒音を嫌って断りました。デジレは後年、「その兵士がベルナドットだった」と回顧しています。

ボナパルト家との出会い

1794年、父フランソワの死後、兄エティエンヌが家長となりましたが、彼は革命政府に逮捕されました。兄の釈放を嘆願するため、デジレは兄嫁とともにマルセイユの公安委員事務所へ赴き、そこでジョゼフ・ボナパルトと出会いました。この出会いが縁でクラリー家とボナパルト家は交流を深めることになります。当初、デジレとジョセフが婚約していましたが、ナポレオンの提案で、デジレはナポレオンと、ジョセフは姉のジュリーと縁組みされることになったと言われています。

1795年4月、デジレとナポレオンは婚約しましたが、両家とも真剣には受け止めていませんでした。ナポレオンはより良い機会を求めており、兄との関係も不安定だったため、この婚約はあくまでもオプションの一つでした。実際、わずか5ヶ月後の9月、ナポレオンはジョゼフィーヌ・ド・ボアルネと出会い、デジレとの婚約を破棄しました。

デジレは婚約破棄後、感傷的な手紙をナポレオンに送りましたが、自身も姉夫婦とジェノヴァに移ってからは、手紙を送る頻度は減っていました。1797年、ジョセフが教皇領の大使に任命されたため、デジレは姉夫婦と共にローマに移り住みます。そこで、ナポレオンの仲介によりデュフォー将軍との縁談が進みかけましたが、彼が反乱分子に殺害されたため破談となりました。

ベルナドット夫人

フランス帰国後、デジレはボナパルト家の集まりで生活していました。彼女はナポレオンの妻となったジョゼフィーヌに当初良い感情を持っていませんでしたが、他のボナパルト家の人々と違い、あからさまな敵意は見せませんでした。1798年、義兄ジョセフの紹介でジャン＝バティスト・ベルナドットと出会い、同年8月に結婚しました。ローラ・ジュノーは、結婚当初のデジレがベルナドットが家にいないと泣き、いてもまた出かけてしまうと泣いていたと描写しています。一方、ベルナドットは、ロマンスの要素を微塵も持たない人物として描かれています。

翌年7月、デジレは息子オスカルを出産します。オスカルの名付け親はナポレオンだという通説がありますが、実際にはジョセフではないかと推測されています。ブリュメールの政変時、ボナパルト家はデジレを利用してベルナドットをナポレオン陣営に引き入れようとしましたが、ベルナドットはそれに気づき、デジレの前では自身の計画を話しませんでした。クーデター時、デジレは少年の扮装をして夫と共に避難しました。

デジレは政治に関心はありませんでしたが、夫とナポレオンの間の政治的駆け引きの道具にされました。1802年、ナポレオンに対する謀議が発覚し、ベルナドットに疑念を抱いたナポレオンはデジレを尋問しました。デジレは夫は無関係だと告げましたが、実際にはベルナドットがモローと会っていたことを知っていました。その後、ナポレオンはベルナドットをルイジアナ総督に任命しようとしましたが、最終的に取りやめられました。

1804年、ベルナドットが元帥に任命され、デジレも元帥夫人として扱われるようになりましたが、彼女は社会的な地位に頓着しませんでした。デジレは、ナポレオンの戴冠式で皇后ジョゼフィーヌのハンカチとヴェールを捧げる役目を務めました。ベルナドットは任務でほとんど国外におり、デジレはパリで教養や芸事を身につけ、上流社会の集まりに参加することを求められました。しかし、デジレはナポレオンの宮廷には出仕せず、夫にパリの政治情勢を伝えていました。また、スタール夫人やレカミエ夫人などと交流がありました。

ベルナドットがハノーファー総督などを務めていた際、デジレは彼を訪ねましたが、長くは滞在しませんでした。彼女はパリを離れることを好まず、1810年8月、ベルナドットがスウェーデン王位継承者に選ばれた時も、スウェーデンに行くことを躊躇しました。デジレは夫の到着と反応の知らせを待ってから、息子オスカルと共にスウェーデンへ出発しました。

王太子妃

1810年12月22日、デジレはオスカルと共にスウェーデンに到着しました。翌年1月6日、王宮で王族たちと引き合わされました。厳しい気候に衝撃を受け、宮廷の作法にも馴染めませんでした。スウェーデン国王妃ヘートヴィヒ・エリーザベトは、デジレを心根は良いが、甘やかされた未熟な子供だと評しています。

同年夏、デジレは健康上の理由でパリに戻り、変名で暮らしました。ナポレオンは彼女をスパイではないかと警戒しましたが、彼女を通じて夫のカール・ヨハンと連絡を取ろうとしました。ただし、デジレのパリの居館は常に監視下にあり、夫との手紙も妨害されました。1812年にフランスとスウェーデンの関係が悪化すると、デジレはナポレオンと夫の調停を図ろうとしました。カール・ヨハンも、デジレをパリに置くことで外交調整を行い、ヨーロッパ政治の中心部の情報を入手しました。

1813年、スウェーデンとフランスが宣戦布告すると、デジレは姉の田舎の居館に身を寄せました。ナポレオンが敗北した後、デジレは夫に、ロシア皇帝よりも先にパリに入城できなかったことを残念に思う手紙を送りました。その後パリで夫と再会しましたが、共にスウェーデンには戻りませんでした。デジレは、スウェーデンに戻ったら離婚することになるのではないかと心配していたようです。

王妃

1818年、夫がカール14世ヨハンとしてスウェーデン＝ノルウェー連合王国の王位につきましたが、デジレは引き続きパリに滞在しました。彼女のパリの居館は、スウェーデン政府の拠点となりました。この時期、デジレは首相のリシュリュー公を熱烈に追いかけ回して人々を驚かせました。リシュリュー公は彼女を「小さなスウェーデンの警吏」と呼んでいます。

1822年、息子オスカルと再会し、1823年、王太子妃となるジョゼフィーヌと共にストックホルムに到着しました。12年前の訪問とは異なり、今回の再訪は彼女にとって喜ばしいものでした。当初は一時的な訪問のつもりでしたが、デジレは残りの人生をスウェーデンで過ごすことになります。

1829年 8月21日、デジレはスウェーデン王妃として戴冠しました。戴冠式は彼女がカトリック教徒であるため、慎重に進められました。デジレは夫と仲が良かったものの、生活習慣の違いから、居住スペースは別々でした。彼女の型破りな振る舞いは廷臣たちを驚かせましたが、国政に介入しない姿勢は賞賛されました。また、宮中では直情径行な夫を宥められる人物として知られていました。

貴族階級が多かった宮中では、デジレは商人の娘という出自から大きな人気を得られませんでしたが、使用人たちには人気がありました。彼女は慈善活動に熱心で、女子教育普及を目指す団体のパトロンを務めた他、貧困に陥った上流階級の女性を支援しました。

王太后

1844年3月、カール14世ヨハンが死去し、デジレは王太后となりました。あるフランス人外交官は、彼女を「普通のブルジョワジーの女性」と評しました。王太后となったデジレは、慈善活動や孫息子の縁組などを後押しする以外は、回顧の日々を過ごしました。彼女は自身の回顧録をまとめるほか、夫の伝記を編纂させました。晩年のデジレは奇抜な行動が多くなり、前触れもなく人を訪問したり、街の子供たちを王宮に連れて行ったりしました。

1853年、フランスへの帰国を試みましたが、海を怖がって断念しました。1860年12月17日、オペラ劇場を訪れた際に体調を崩し、王宮へ帰還後に息を引き取りました。死の直前に鑑賞していたオペラの名前は『人生は夢の如し』だったと言われています。翌年1月10日、カトリック式の葬儀が執り行われ、リッダホルム教会に埋葬されました。

登場作品

映画：『デジレ』（1954年、演：ジーン・シモンズ）
漫画：池田理代子『栄光のナポレオン-エロイカ』
小説：アンネマリー・セリンコ『デジレ物語』
ゲーム：『アサシンクリードユニティ』