栄光のナポレオン-エロイカ

栄光のナポレオン－エロイカ

池田理代子による長編漫画『栄光のナポレオン－エロイカ』は、ナポレオン・ボナパルトの台頭からその死までを、彼の栄光と挫折、そして人間模様を交えながら壮大に描いた作品です。

作者によれば、『ベルサイユのばら』の連載終了後にナポレオンを題材にした作品を構想していましたが、当時の知識と力量不足から執筆を断念。十数年の歳月を経て、満を持して発表されました。時系列的には『ベルサイユのばら』の続編であり、時代背景も『ベルサイユのばら』のクライマックス直後ということもあり、一部の登場人物が本作にも登場します。

連載は『婦人公論』にて1986年から1995年まで『エロイカ』の題名で行われました。単行本化の際に『栄光のナポレオン－エロイカ』と改題され、中公コミック・スーリ版（全14巻）、中公文庫コミック版（全12巻）が刊行されています。また、2007年から2008年にかけては、フェアベル社より『皇帝ナポレオン』の題名でコンビニコミック版（全12巻）も刊行されました。

ストーリー

物語は、1794年のテルミドールの反動によってジャコバン派が没落し、勢いを盛り返した王党派がパリで反乱を起こす場面から始まります。ロベスピエール亡き後、権力を握ったバラスは、かつてジャコバン派に与していたために軍を追放されていたナポレオンに反乱鎮圧を依頼。これを機にナポレオンは国内軍総司令官として復権を果たします。

革命の行く末に絶望していた元フランス衛兵隊士官のアラン・ド・ソワソンは、ナポレオンに興味を持ち、「フランス共和国をどうするつもりなのか？」と問い詰めます。権力欲のないナポレオンの言葉に安心したアランは、軍に復帰し、ナポレオンの副官となります。

テルミドールの反動後、穏健共和派が権力を握り総裁政府を樹立しますが、その指導部は無能な政治家ばかりで、フランスは混乱を極めます。そのような中、未亡人であるジョゼフィーヌ・ド・ボーアルネは、愛人バラスの力を借りて、ナポレオンに接近し、その妻の座を手に入れます。

ナポレオンはイタリア遠征で成功を収め、国民的人気を不動のものとします。民衆は彼を共和制の守護者として期待を寄せますが、ナポレオンはエジプト遠征に出発。その間に周辺諸国がフランスに攻め入り、フランスは存亡の危機に陥ります。

エジプトから帰還したナポレオンは、祖国を救うために自らが権力を掌握する必要性を痛感。クーデター計画を立案し、それに協力したのは、義賊「黒い騎士」として体制を批判してきたジャーナリストのベルナール・シャトレでした。ベルナールは共和制を守るため、ブリュメール18日のクーデターに協力しますが、武力で反対派議員を議会から追放するナポレオンの姿を見て、民主主義を擁護する意思がないと失望し、統領政府官房長官の地位を辞退します。

しかし、ナポレオンが皇帝になる野心を覗かせ始めた矢先、フーシェとタレイランによって強行されたアンギャン公の冤罪事件がヨーロッパ中に衝撃を与え、ナポレオンへの反感を買います。統領政府樹立後も王党派によるテロが絶えないことから、ナポレオンは王党派の復活を防ぐという理由で自らが皇帝に就任することを宣言。共和制の守護者としてのナポレオンに期待していたアランは失望し、ベルナールと共にナポレオン暗殺を企てますが、失敗に終わり、警備の兵士に射殺されてしまいます。

皇帝となったナポレオンは、ヨーロッパ征服を目指して次々と外征を繰り広げます。しかし、それはやがて民衆の生活を圧迫するようになり、民心は次第にナポレオンから離れていきます。外相から侍従長官となったタレイランは、国際協調の考えのないナポレオンに見切りをつけ、ナポレオン帝政を崩壊させるべく画策を始めます。

傲慢になっていたナポレオンは、忠誠を誓う人々を次々と遠ざけ、孤立を深めていきます。そして、友好関係を築いていたロシアとの関係も決裂し、ロシア遠征へと出発。それが、自身の没落への序曲となることも知らずに…。

登場人物

実在の人物

ナポレオン・ボナパルト: 本作の主人公。貧乏士官からフランス皇帝にまで上り詰めた男。皇帝就任前は有能な軍人として描かれるが、就任後は権力維持に固執する独裁者として描かれる。作者は、ナポレオンの没落の原因として、「共和制の守護者としての期待を裏切ったこと」「老練な政治家に翻弄されたこと」「民衆を顧みない外征」などを指摘している。『ベルサイユのばら』ではオスカルと出会い、その際に帝王の覇気を見抜かれている。作中では美男子とは描かれず、皇帝になってからは肥満気味に描写される。
ジョゼフィーヌ・ド・ボーアルネ: ナポレオンの最愛の妻。当初は浪費と浮気を繰り返す女性として描かれるが、エジプト遠征後からは貞淑な賢夫人となる。史実では、フランス軍の将兵から幸運の女神として慕われていた。
マリー・ルイーズ: オーストリア皇帝の娘で、ナポレオンの皇妃。当初はナポレオンを憎んでいたが、結婚後は彼を愛するようになる。しかし、ナポレオンの退位後はすぐに新しい恋人に夢中になってしまう。
タレイラン: 総裁政府・統領政府の外務大臣で、ナポレオン帝政初期の侍従長官。卓越した政治力でナポレオン政権を樹立したが、後にナポレオン打倒を画策する。ポーカーフェイスで、女性遍歴が豊富。
ジョゼフ・フーシェ: 総裁政府・統領政府の警務大臣。情報収集力に長け、権力のある側に付く風見鶏。愛妻家で家族思いだが、他人を裏切ることも厭わない。恐怖政治時代にはジャコバン派の指導者としてリヨンを徹底的に弾圧した。
デジレ・クラリー: ナポレオンの婚約者だったが、後にナポレオンのライバル、シャルル・ベルナドットと結婚。純粋な女性として描かれるが、ベルナドットがスウェーデン国王に即位すると、パリでの生活を恋しがるようになる。
ウジェーヌ・ド・ボーアルネ: ジョゼフィーヌの連れ子で、ナポレオンの義理の息子。当初はナポレオンに反発していたが、エジプト遠征で彼を尊敬するようになる。有能な軍人として成長し、ナポレオンも実の息子のように可愛がった。ナポレオンの兄弟よりも忠誠を誓い、最後まで裏切らなかった。
オルタンス・ド・ボーアルネ: ウジェーヌの妹で、ナポレオンの弟ルイ・ボナパルトと結婚し、オランダ王妃となった。当初はナポレオンを嫌っていたが、後に彼に懐くようになる。しかし、夫との不仲に悩まされる。
マリア・レティツィア・ボナパルト: ナポレオンの母親。ナポレオンの皇帝即位に反対した。
ジョゼフ・ボナパルト: ナポレオンの兄。ナポリ王、ついでスペイン王となる。ナポレオンとジョゼフィーヌの仲を引き裂こうとする。
ポーリーヌ・ボナパルト: ナポレオンの妹。アランに求婚したが、拒絶された。
ジョアシャン・ミュラー: ナポレオン軍の元帥で騎兵指揮官。後にナポリ国王となる。後に裏切ってオーストリアと内通するが、百日天下後処刑される。
シャルル・ベルナドット: ナポレオン配下の軍人。後にスウェーデン国王となる。ナポレオンを警戒しており、ナポレオンの没落後もその地位を維持した。
スタール夫人: フランスの批評家、小説家。ナポレオンの才能に早くから注目していたが、独裁者になった彼に失望する。ベルナールの息子フランソワをスウェーデンに亡命させた。
グラックス・バブーフ: ジャコバンの残党による左翼クラブのリーダー。最下層の人々のために社会主義を実現しようと奔走し、総裁政府を批判した。フーシェに利用されて処刑される。
ブリューイ: 海軍提督。エジプト遠征艦隊の提督を務めたが、ネルソン艦隊に敗れる。
ピエール・ド・ヴィルヌーヴ: 海軍提督。トラファルガーでネルソンに敗れる。
アンギャン公: ブルボン家の公子。ナポレオン暗殺未遂の濡れ衣を着せられ処刑される。この事件が、ナポレオンへの反感を呼び起こす。
ラ・ファイエット侯: 三部会で平民議員を庇った貴族。百日天下の際に、フーシェが紹介する実力者の一人として登場する。
アレクサンドル1世: ロシア帝国皇帝。ナポレオンの生涯の宿敵と位置づけられる。
メッテルニヒ: オーストリア外務大臣。ナポレオン打倒を目指す。
ウィリアム・ピット: イギリス首相。ナポレオンに対する大同盟の主導者だったが、アウステルリッツでの敗北を知って憤死する。
ネルソン: イギリス海軍提督。ナイル・アブキール湾海戦やトラファルガー岬沖海戦でナポレオンの戦略を妨げた。
クトゥーゾフ: ロシアの将軍。焦土戦術でナポレオンのロシア遠征を敗走させた。
クラウゼヴィッツ: プロイセン王国戦術士官。ナポレオンの戦法を研究し、ヨーロッパ連合軍を勝利に導いた。
ウェリントン公: ワーテルローの戦いでナポレオンに止めを刺したイギリスの将軍。
ユーゼフ・ポニャトフスキ: ポーランドの将軍。ナポレオン軍に加わり戦った。
ムーラッド・ベイ: マムルークの首領。
マリア・ヴァレフスカ: ポーランドの名門貴族。ナポレオンの愛人。
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン: ドイツの作曲家。ナポレオンの戴冠に憤り、「英雄交響曲」を作曲した。

オリジナルキャラクター

アラン・ド・ソワソン: 貧乏貴族出身の元フランス衛兵隊士官。『ベルサイユのばら』にも登場。筋金入りのジャコバン派。ナポレオンに期待を寄せていたが、皇帝就任に反対し、暗殺を企てるが失敗に終わり射殺される。オスカルへの想いを貫いた。
ベルナール・シャトレ: パリ在住のジャーナリスト。新聞を発行している。妻子持ちの貴族の庶子。幼い頃のトラウマから、王侯貴族への憎しみを抱いている。筋金入りのジャコバン派。ナポレオンに失望し、アランとともに暗殺を企て、射殺された。
ロザリー・シャトレ: ベルナールの妻。旧姓は「ラ・モリエール」。オスカルを慕っている。夫を支える良妻として描かれている。お人好しな性格で、カトリーヌを自宅に住まわせる。
フランソワ・シャトレ: ベルナールとロザリーの息子。両親の影響で、ジャコバン派的思考を持つ。後に法律を学び、スウェーデン皇太子の教育係となる。
カトリーヌ・ルノーダン: ロザリーと同じ店で働くお針子の女性。王党派の一員で、フーシェのスパイとしてベルナールに接近する。アランを愛していたが、イデオロギーの違いから諦め、タレイランと結婚する。フーシェへの復讐のために活動を続け、最後に処刑された。
ジョルジーナ・ウェイアー: チュイルリー宮の女優。ナポレオンの愛人だったが、皇帝になった彼に失望する。
オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ: 『ベルサイユのばら』の主人公。回想シーンのみの登場だが、アランらに強い影響を与え続ける人物として描かれている。
アンドレ・グランディエ: オスカルの恋人。『ベルサイユのばら』の登場人物。

関連作品

女帝エカテリーナ: アンリ・トロワイヤの小説を漫画化した作品。エカチェリーナ2世の生涯を描く。
天の涯まで－ポーランド秘史: ユーゼフ・ポニャトフスキの生涯を追った作品。『女帝エカテリーナ』、『エロイカ』の外伝的な要素を持つ。

この作品は、ナポレオンという一人の英雄の生涯を通して、フランス革命後の激動の時代、そして人間の業を描いた傑作です。歴史的事実と作者独自の解釈を巧みに組み合わせ、読者を飽きさせません。登場人物たちの複雑な人間関係、そしてそれぞれの思惑が絡み合い、物語を深く彩ります。是非、手に取って読んでみてください。

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