デスティニーズチルドレン

デスティニーズ・チルドレン

『デスティニーズ・チルドレン』（原題：Destiny's Children）は、英国を代表するSF作家、スティーヴン・バクスターが手掛けた長編SF小説三部作と、それに連なる短編集からなるシリーズです。作者の長期にわたる代表作である『ジーリー』シリーズと同一の世界設定を共有していますが、直接的な続編ではなく、それぞれの物語は独立したエピソードとして展開されます。しかし、各巻には人類の進化や変容、あるいは宇宙における神のような存在といった共通の概念やテーマが織り込まれており、さらに一部の登場人物を共有することで、シリーズ全体として緩やかに結びついています。これは、バクスターが他の作品群、例えば『マニフォールド・トリロジー』などでも用いている特徴的な構成手法です。

このシリーズは以下の四冊で構成されています。

『コアレセント』（Coalescent, 2003年）：2004年にアーサー・C・クラーク賞にノミネートされました。
『イグザルタント』（Exultant, 2004年）
『トランセンデント』（Transcendent, 2005年）：2006年にジョン・W・キャンベル記念賞にノミネートされました。
『レスプレンデント』（Resplendent, 2006年）：短編集です。

『デスティニーズ・チルドレン』シリーズを貫く中心的な主題の一つは、遥か未来における人類の生物学的・社会的な変容です。各巻では、極限的な環境や長期間にわたる宇宙戦争といった状況下で、人類がどのように進化し、多様な形態へと分岐していく様が描かれます。例えば、『コアレセント』では、地下の閉鎖空間で暮らすうちに、昆虫のような厳密な社会構造と生態を持つ真社会性人類が登場します。『イグザルタント』では、数万年にも及ぶ苛烈な銀河大戦を戦い抜くために、遺伝子や肉体を改造し、戦闘に特化した人類の進化がテーマとなります。そして、『トランセンデント』では、様々な植民惑星の環境に適応した結果生まれた、多種多様な「ポスト・ヒューマン」の形態が登場し、その中でも特に高度に進化した集団は「トランセンデント」と呼ばれています。

また、シリーズは宇宙や存在の根源に関わる壮大な問いを投げかけます。神のような超越的存在や、アイデンティティの定義といった概念が繰り返し探求されます。『イグザルタント』では、宇宙が誕生する以前から存在し、生命を維持するのに適した宇宙を選び出したとされる、神にも似た意識体の存在が示唆されます。『トランセンデント』では、人間がより高次の存在へと超越し、神に匹敵する力や意識を獲得することの可能性が議論されます。作中では、確立された神学的な枠組みを用いて、超越者たちの動機や性質を分析しようとする試みも描かれており、SF的な想像力と哲学・神学的な考察が融合しています。

シリーズを通して登場する要素もいくつかあります。進化・変容した人類の一形態である「コアレセント」は三部作すべてに登場します。また、エッジワース＝カイパー・ベルトで発見される「カイパー異常」または「四面体アーティファクト」と呼ばれる謎の物体も重要な要素です。『コアレセント』でその存在が示唆され、『イグザルタント』で発見に至り、『トランセンデント』でその正体や意義が詳細に解き明かされていきます。さらに、ジョージ・プール、マイケル・プール、ローザ・プールといった特定の登場人物（あるいはその子孫や関係者）が、『コアレセント』と『トランセンデント』の二作に登場し、時代や場所を超えてシリーズを結びつける役割を果たしています。

作者のスティーヴン・バクスター自身は、このシリーズの執筆に至った複数のきっかけを語っています。一つは、1996年にオーストラリアのメルボルンで開催されたワールドコンに出席した際にカンガルーを目にした経験です。生物学者ではない彼の目には、カンガルーがまるで異星生命体や、人類とは全く異なる進化経路を辿った生命体のように映りました。オーストラリア大陸が長期間孤立していたことで独自の進化を遂げた生物たちの存在は、バクスターに生命の「深い時間」と進化の現実というものを強く意識させたと言います。もう一つの重要な契機は、2007年に日本の横浜で開催されたワールドコンに参加した際、日本のファンから自身の『ジーリー』シリーズが熱狂的に支持されていることを知ったことです。それまで『真空ダイアグラム』で一つの区切りをつけ、シリーズの「連続性」という制約にやや閉塞感を感じていたバクスターでしたが、日本のファンからの温かい反応が、再び『ジーリー』の世界観に目を向けさせるきっかけとなったのです。

『ジーリー』シリーズのそれまでの物語では、人類が銀河に進出してジーリーに次ぐ主要種族となる黎明期や、その後の抗争の末に敗北し封じ込められる終末期が主に描かれていました。バクスターは、その数万年に及ぶジーリーとの星間戦争の中間期、すなわち人類がどのように興隆し、そしていかに変化していくのか、その過程を描くことに興味を抱きました。彼は、単なる現在の「ホモ・サピエンス」が数万年にわたる星間戦争を戦い抜けるのかという問いを立てました。人類の種の歴史は比較的短く、もし星間戦争が長期にわたるならば、戦争そのものが強烈な進化圧力となるだろうと考えたのです。そして、そのような過酷な状況下での人類の「究極の形態」として、「子供兵士」のような存在が生まれうるのではないかという洞察を示しています。

『デスティニーズ・チルドレン』は、トランスヒューマニズムやポスト・ヒューマンといったSFのテーマを扱いながら、『ジーリー』シリーズの広大な宇宙年代記の中間史を描き出す、バクスターの重要な作品群と言えるでしょう。

関連語句:
ジーリー、トランスヒューマニズム、ポスト・ヒューマン

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