デヒティネ

デヒティネ：アルスター伝説に輝く英雄の母

デヒティネ（Deichtine）は、アイルランドの英雄物語群『アルスター伝説』に登場する重要な女性です。コンホヴァル・マク・ネサの妹（または娘）であり、スアルティウの妻として、そして何よりも英雄クー・フランの母として広く知られています。彼女は、アルスター物語群の中でも特に有名な「クー・フランの誕生」や、写本『Egerton 132』に収録された「クー・フランの死」にその名を見ることができます。

クー・フラン誕生にまつわる二つの物語

「クー・フランの誕生」は、「クアルンゲの牛捕り」の前日譚として、『赤牛の書』などに収録されています。この物語にはversion I とversion Ⅱという二つの異なる稿本が存在し、それぞれが独自の展開を持っています。

version I：消えた家と不思議な妊娠

version I は、元々『ドルム・シュネフタの冊子』に保存されていた物語で、8世紀前半に成立したと考えられています。鳥の大群がエウィンの平原を荒らす場面から物語は始まります。コンホヴァルとデヒティネ率いるアルスターの戦士たちは鳥を追い、ボイン川までたどり着きます。雪の降る中、彼らは一軒の家を見つけ、そこで手厚いもてなしを受けます。デヒティネは、その家の主人の妻の出産を手伝いますが、夜が明けると家は消え、代わりに赤ん坊と二頭の子馬が残されています。赤ん坊は成長するも病で亡くなり、悲しみに暮れるデヒティネは、飲み物の中に現れた小さな生き物によって妊娠します。夢の中でルグ・マク・エスレンと名乗る男が現れ、自分が父親であること、そして赤ん坊をシェーダンタ（セタンタ）と名付けて育てるように告げます。その後、デヒティネはスアルティウと結婚しますが、妊娠中に流産したと考えられていました。しかし、奇跡的に再び処女となり、スアルティウとの間に男の子を授かり、その子をシェーダンタと名付けました。

version Ⅱ：消えた侍女と鳥の群れ

version Ⅱは、version I の増補版で、「Feis Tige Becfoltaig」とも呼ばれています。物語は、コンホヴァル王の妹デヒティネが50人の侍女と共に姿を消す場面から始まります。彼女たちは鳥の姿でエウィン・ワハに現れ、人々を困らせます。コンホヴァルたちが鳥を追うと、小さな家を見つけ、そこで歓迎を受けます。ブリクリウが見つけた別の家には、消えた侍女たちがおり、デヒティネもそこにいました。彼女は、鳥の姿でエウィン・ワハを訪れたのは、ウラドの人々を誘い出すためだったと明かします。翌朝、コンホヴァルの衣類の中に小さな子供が見つかり、ブリクリウはついに、フェルグスが連れてきた女がデヒティネであることを明かします。その後、子供はコンホヴァルの後見のもと、フィンハイウ夫婦に託され、ムルテウネ平原で育てられることになります。

クー・フランの死：母との別れ

デヒティネは、18世紀に編纂された『Egerton 132』所収の「クー・フランの死」にも登場します。死地へ向かうクー・フランは、母デヒティネに別れを告げに行きます。デヒティネが差し出した飲み物の杯は、たちまち血で満たされます。これは不吉な兆候であり、デヒティネとカスバドはコナル・ケルナッハの帰還を待つように説得しますが、クー・フランはそれを聞き入れず、狂気の中で戦場へと向かいます。

デヒティネは、英雄クー・フランの母として、アイルランドの伝説の中で重要な役割を果たしています。彼女の生涯は謎に包まれていますが、その存在は、アイルランドの神話と文化において不朽のものとなっています。

もう一度検索