デリック・クック

デリック・クック（Deryck Cooke, 1919年9月14日 - 1976年10月26日）は、20世紀後半に活動したイギリスの著名な音楽学者です。彼は特に、リヒャルト・ワーグナー、アントン・ブルックナー、そしてグスタフ・マーラーといった後期ロマン派の作曲家に関する深い造詣で知られ、それぞれの研究分野に重要な貢献をしました。

イングランドのレスターに生まれたクックは、ケンブリッジ大学で学び、音楽学の基礎を固めました。卒業後、彼は長くBBC（英国放送協会）の音楽部門で活躍しました。具体的には1947年から1959年まで、そして1965年から1976年に亡くなるまでの期間、BBCの職員として職務にあたりました。このBBCでのキャリアは、彼の学術的な研究活動の場としてだけでなく、その豊富な知識を広く一般の音楽愛好家に伝えるための重要な機会となりました。ラジオ放送などを通じて、彼は複雑な楽曲構造や作曲家の意図を分かりやすく解説し、多くのリスナーがクラシック音楽、とりわけ彼が専門とした作曲家たちの作品への理解を深める手助けをしました。

クックの音楽学者としての業績の中で、最も際立っているのは、グスタフ・マーラーの《交響曲第10番》の実用的な補筆版を完成させたことです。マーラーはこの交響曲を書き終えることなく世を去ったため、遺された自筆譜はスケッチや未整理の断片が大部分を占めていました。この未完の傑作に多くの研究者が取り組みましたが、クックはマーラーの音楽語法や作曲様式を綿密に分析し、演奏可能な形へと作品を再構築するという挑戦的な試みを行いました。彼は複数回にわたって補筆版の改訂を重ねましたが、中でも重要なのは第2版です。この版は、作曲家の未亡人であるアルマ・マーラーの正式な承認を得ることができ、その正当性が広く認められました。承認を受けた第2版は、1964年8月13日にベルトルト・ゴルトシュミットの指揮、ロンドン交響楽団の演奏によって初めて公の場で披露されました。この初演は音楽界に大きな反響を呼びましたが、この補筆版の登場により、それまでほとんど演奏されることのなかったマーラー《交響曲第10番》が、多くのオーケストラによって演奏される道が開かれました。現在、クック版はマーラー第10番の演奏において最も一般的に使用される版の一つとなっており、マーラーの音楽遺産を現代に伝える上で計り知れない価値を持っています。

また、クックの専門知識はマーラー研究に留まらず、ワーグナー研究においても重要な貢献をしました。特に、ゲオルク・ショルティ指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団による記念碑的な《ニーベルングの指環》全集録音の際、付録として作成されたライトモティーフ集の監修を担当したことはよく知られています。このライトモティーフ集は、ワーグナー作品を理解するための重要な要素である動機を整理し、解説したものであり、彼のワーグナー作品への深い洞察と分析力がいかんなく発揮された成果と言えます。

ブルックナーに関しても専門的な見識を有しており、これらの後期ロマン派の巨大なオーケストラ作品群に対する彼の研究は、当時の音楽学界で高く評価されました。BBCでの活動と並行して行われたこれらの研究成果は、多くの著作や論文として発表され、後進の研究者たちに多大な影響を与えました。

デリック・クックは、1976年10月26日、イングランドのクロイドンにて、脳出血のため57歳でその生涯を終えました。彼の比較的短い生涯において達成した業績、特にマーラー《交響曲第10番》の補筆完成は、彼の音楽学者としての情熱と類まれな能力を示すものであり、今なお多くの演奏家や音楽愛好家に影響を与え続けています。彼の研究と補筆は、未完の傑作に新たな生命を吹き込み、音楽史における彼の名を確固たるものとしています。

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