アルマ・マーラー

アルマ・マーラー：音楽と愛に彩られた激動の生涯

アルマ・マリア・マーラー＝ヴェルフェル（1879年8月31日 - 1964年12月11日）は、オーストリア出身の作曲家グスタフ・マーラーの妻として、また、自身も作曲家として知られています。旧姓はシンドラー。彼女の生涯は、華麗な男性遍歴と、音楽への情熱、そして複雑な人間関係に彩られています。

ミューズにしてファム・ファタル

アルマは、画家エミール・ヤーコプ・シンドラーの娘としてウィーンに生まれました。幼少期から絵画、文学、哲学、作曲に才能を発揮し、その美貌で多くの男性芸術家を魅了しました。世紀の変わり目には、作曲家アレクサンダー・ツェムリンスキーに師事し、歌曲の作曲を開始しました。ツェムリンスキーはアルマに恋焦がれていたと言われていますが、実際に恋愛関係があったかは不明です。ツェムリンスキー以前には、画家グスタフ・クリムトとも親密な関係にあったとされています。

グスタフ・マーラーとの結婚

1900年、アルマは19歳年上のグスタフ・マーラーと出会います。当時ウィーン宮廷歌劇場の監督だったマーラーは、その名声とは裏腹に、傲慢な態度や女優との噂など、多くの悪評がありました。アルマは当初マーラーを嫌っていましたが、彼の求愛を受け入れ結婚を承諾します。この結婚は、ユダヤ人であり、借金を抱えていたマーラーと、裕福な家庭で育ったアルマとの結婚は、周囲から大きな反対を受けました。マーラーは、アルマに献身的な態度を求め、結婚前から彼女の作曲活動を禁止するなど、支配的な態度をとりました。アルマは当初、ウィーン楽壇を支えるという考えに愛を見出しましたが、マーラーの借金や育児、互いの交友関係の違いから、心労を募らせていきました。アルマはマーラーの楽譜の清書など、仕事を手伝いますが、マーラーはアルマの献身的な態度を常に尊重したわけではありませんでした。

夫婦関係が冷え切っていた頃、アルマは建築家ヴァルター・グロピウスと出会い、彼に惹かれていきます。晩年のマーラーは、アルマとの関係修復を望み、精神科医フロイトの診察を受けたというエピソードは有名です。また、マーラーはアルマの関心を引くために、彼女がかつて作曲した歌曲を自らの出版社に持ち込みました。しかし、1911年、マーラーは心臓疾患により死去します。

ヴァルター・グロピウス、フランツ・ヴェルフェルとの結婚

マーラーの死後、アルマは画家のオスカー・ココシュカなどとも関係を深めますが、1915年にグロピウスと再婚します。グロピウスとの間には娘マノンが生まれますが、マノンは若くして亡くなります。作曲家アルバン・ベルクは、マノンを非常に可愛がっており、彼女の死を悼んでヴァイオリン協奏曲を作曲しました。1917年、アルマは作家のフランツ・ヴェルフェルと関係を始め、1929年に再々婚しました。ヴェルフェルは音楽への関心が薄く、音楽的な共通点はほとんどありませんでした。

アメリカへの亡命

1938年、オーストリアがナチス・ドイツに併合されると、アルマはヴェルフェルと共に亡命生活を送ります。1940年にアメリカに到着し、ロサンゼルスに定住しました。アメリカでは、自ら音楽サロンを主宰し、多くの亡命音楽家たちと交流しました。彼女のサロンでは、ストラヴィンスキー、シェーンベルク、コルンゴルトといった著名な作曲家たちが集い、音楽談義を交わしました。

アルマ・マーラーと音楽界のかかわり

アルマは、自伝の中でマーラーをはじめとする同時代の音楽家について、多くの証言を遺しています。しかし、その証言には事実誤認や思い込みも多く、特に親しくない人物については、事実無根の話を面白おかしく伝えていることもあります。そのため、今日では、アルマの証言を引用する際には慎重な姿勢が求められています。しかし、「私が死んで50年たてば、私の時代がくるだろう」といった、現在でも引用される「アルマ経由のマーラー語録」も存在します。また、彼女は才能のある男性に惹かれやすい性格から、マーラーに接近しようとする音楽家たちに利用されることもありました。

音楽的趣味と作品・審美眼

アルマは、ワーグナーの楽劇に憧れて作曲家を志しましたが、器楽曲を知ってからはブルックナーを尊敬するようになりました。彼女の音楽的な趣味は偏っていたとも言え、ブラームスを理解せず、ハイドン以前の音楽への関心も薄かったとされています。しかし、同時代の音楽には関心を示し、特にフランス音楽やストラヴィンスキー、シェーンベルクの初期作品には高い評価を与えました。アルマが作曲したのは歌曲のみで、その作風は、半音階技法や旋法性、頻繁な転調を駆使した、機能和声法から離れようとするものでした。しかし、実験的・意欲的な作品は、ツェムリンスキーに師事していた時期に限られ、マーラー没後も調性音楽から離れることはできませんでした。

歌曲作品一覧

Die stille Stadt（静かな街）
In meiner Vaters Garten（私の父の花園にて）
Laue Sommernacht（なま暖かい夏の夜を待ちわびて）
Bei dir ist es traut（あなたの傍では心おきなく）
Ich wandle unter Blumen（私は花の下をさすらう）
Licht in der Nacht（夜に光を）
Waldeinsamkeit（森の孤独）
Ansturm（激情）
Erntelied（収穫の歌）
Hymne（賛歌）
Ekstase（恍惚）
Der Erkennende（見分ける）
Lobegesang（頌歌）
Hymne an die Nacht（夜への賛歌）
Leise weht ein erstes Blühn（静かに落ちる最初の花）
Kennst du meine Nächte?（私の夜を知っていますか）

アルマ・マーラーに関する書籍

『わが愛の遍歴』（塚越敏、宮下啓三訳/筑摩書房/1963年）
『マーラー 愛と苦悩の回想』（石井宏訳/音楽之友社/1971年）
『グスタフ・マーラー 回想と手紙』（酒田健一訳/白水社/1973年）
フランソワーズ・ジルー『アルマ・マーラー ウィーン式恋愛術』（山口昌子訳/河出書房新社/1989年）
ベルント・W.ヴェスリング『アルマ・マーラー華麗な生涯』（石田一志、松尾直美訳/音楽之友社/1989年）

アルマ・マーラーを扱った作品

『マーラー 君に捧げるアダージョ』 - 2010年のドイツ・オーストリア合作映画
『ALMA』-ココシュカとの愛を中心に描いた白神貴士の戯曲（2010年）
『Alma』-上記戯曲のpersona blancaによる公演動画（2010年）

アルマ・マーラーの生涯は、音楽と愛、そして激動の時代に翻弄された複雑な女性の物語です。彼女の音楽や証言は、今もなお多くの人々を魅了し続けています。

もう一度検索