デーモコオーン

古代ギリシアの伝説的な都市、トロイアの王プリアモスは、多くの息子に恵まれていました。その膨大な数の王子たちの一人として、デーモコオーンの名が伝えられています。彼の名は古希でΔημοκόωνと表記され、長音を省略してデモコオンと呼ばれることもあります。

彼の出自については、いくつかの異なる伝承が存在します。著名な叙事詩人ホメーロスが著した『イーリアス』、そして後世にギリシア神話の集大成を試みたアポロドーロスによれば、デーモコオーンはプリアモスの正室であるヘカベーの子ではなく、他の女性との間に生まれた庶子であったとされています。しかし、ローマ時代の神話集を編纂したヒュギーヌスのリストには、プリアモスの息子たちの名の中に彼の名前は見られません。このように、デーモコオーンの系譜上の位置づけは、古代の資料によって若干の差異が見られます。

トロイア戦争が勃発する以前、デーモコオーンは王の子でありながら、辺境の地で重要な職務を担っていました。彼は、トロイア領内にあるアビュドスの地で、父プリアモスの所有する馬の飼育を任されていたのです。これは王国の軍事力にとって欠かせない役割であり、彼が単なる貴公子としてではなく、実務的な責務を負っていたことを示唆しています。

しかし、平和な日々は長くは続きませんでした。アカイア勢（ギリシア人）との大規模な戦争、いわゆるトロイア戦争が始まると、デーモコオーンは故郷トロイアの危機を知り、すぐさまアビュドスから駆けつけ、祖国を守るために戦場へと身を投じました。平穏な飼育場での生活から一転、彼は剣と槍が交錯する激しい戦いの中にその身を置くことになったのです。

彼の運命は、戦争の混沌の中で劇的に転換します。ホメーロスの『イーリアス』によると、デーモコオーンはギリシア側の最も狡猾で勇敢な英雄の一人、オデュッセウスと戦場で相対することになります。この時、オデュッセウスはまさに激しい怒りの中にいました。なぜなら、彼自身の忠実な部下であるレウコスが、デーモコオーンを含むトロイア勢によって討ち取られたばかりだったからです。部下の仇を討つべく、復讐心に燃えるオデュッセウスは、狙いを定めて鋭い青銅の槍を投じました。その槍は見事にデーモコオーンを捉え、頭部の側面、正確にはこめかみのあたりを貫通しました。この一撃は致命的であり、デーモコオーンは血を流しながらその場に倒れ伏し、帰らぬ人となりました。彼の死は、激しい戦いの中で多くの兵士が迎えた悲劇的な最期の一つとして、『イーリアス』の中に刻まれています。

デーモコオーンの物語は、主にホメーロスの『イーリアス』の第4巻において、彼の死の場面とともに詳細に描写されています。また、彼の出自に関する情報については、アポロドーロスがその著書『ギリシア神話』の中で触れています。これらの古典的な典拠を通して、トロイア王プリアモスの息子デーモコオーンという人物、そして彼の短いながらも戦争によって翻弄された生涯が、後世に伝えられています。

もう一度検索