トランシルヴァニアの戦い

トランシルヴァニアの戦い：第一次世界大戦におけるルーマニアの苦闘

トランシルヴァニアの戦いは、1916年 8月15日に始まったルーマニア軍による最初の主要な軍事作戦でした。この戦いは、ルーマニアが領有権を主張していたトランシルヴァニア地方のルーマニア系住民居住地域を占領し、ロシア軍のブルシーロフ攻勢で疲弊していたオーストリア＝ハンガリー帝国軍に更なる打撃を与えることを目的としていました。

戦いの背景

第一次世界大戦勃発前、ルーマニア王国はオーストリア＝ハンガリー帝国と同盟関係にありました。しかし、1914年のサラエボ事件をきっかけに大戦が始まると、ルーマニアは同盟義務を破り中立を宣言します。ルーマニアは、オーストリアの侵略行為が戦争の原因であり、参戦義務はないと主張しました。大戦の中盤、ルーマニアは連合国側として参戦しますが、これは同盟国側ではなく敵としての参戦でした。

連合国は秘密交渉で、戦後にオーストリアが領有していたトランシルヴァニアをルーマニアに割譲することを約束しました。トランシルヴァニアはルーマニア系住民が多数を占めていましたが、オーストリアの方針によりドイツ化が進められていました。そして、1916年 8月27日、ルーマニアは同盟国に対して宣戦布告しました。

侵攻と頓挫

8月15日夜、3個軍からなるルーマニア軍が国境地帯から侵攻を開始し、カルパティア山脈の脆弱な防衛線を突破しました。オーストリア軍は戦力不足で散発的な抵抗しかできず、ルーマニア軍は事前に計画されたトランシルヴァニア攻撃作戦「ハイポセシス・ゼータ」に基づき、戦略的に重要なムレシュ川を目指しました。計画では迅速な進撃が求められましたが、ルーマニア軍の進撃は遅く、8月16日にブラショフを通過し、9月4日にオルト川を渡河、9月中旬にようやくシビウ周辺に到達しました。

ルーマニア軍の要請により、ロシア軍が3個師団を北ルーマニアに派遣しましたが、物資不足のためトランシルヴァニアの戦いには参加しませんでした。一方、中央同盟国側では、ブルガリア軍がオーストリア軍の援軍として派遣されましたが、ドイツのアウグスト・フォン・マッケンゼン将軍が率いて南ルーマニアの守備隊を撃破し、国境要塞を占領しました。また、トランシルヴァニアにはドイツ軍の師団が到着し、ルーマニア軍は独墺軍の反撃によって撃退され、それ以上の進撃は不可能となりました。ルーマニア軍は占領地域で防御を固めましたが、攻勢用の部隊を南部のブルガリア軍へ派遣せざるを得ませんでした。これにより、ルーマニア軍のトランシルヴァニア作戦は攻勢から防戦へと転じ、連合国にとって厄介な存在となりました。

反撃

参謀総長を辞任していたエーリッヒ・フォン・ファルケンハインがドイツ第9方面軍司令官に任命され、ルーマニア軍を退却させる役割を担いました。9月18日、ドイツ第9方面軍はハツェグに展開していたルーマニア第1方面軍を撃破しました。その8日後、ルーマニア軍はシビウ奪還を試みましたが、山岳部隊の守備に阻まれ失敗しました。10月4日には、ドイツ第9方面軍の攻撃によりブラショフに駐屯していたルーマニア第2方面軍が壊滅し、残存した第4方面軍は戦わずに山岳地帯へ逃走しました。10月25日までにルーマニア軍は、攻撃で得た領土を全て放棄し、攻勢開始前のラインまで後退しました。

反撃の後、ファルケンハインと独墺軍は追撃を開始し、ルーマニア国境の山岳地帯で陽動攻撃を行いました。11月10日、ファルケンハインはルーマニア軍の防御力が弱いと判断し総攻撃を開始しました。ルーマニア軍は惨敗し、国境を突破されました。11月26日、ルーマニア守備隊は降伏し、独墺軍はワラキア地方を占領、首都ブカレストに迫りました。

戦いのその後

ルーマニア軍の攻撃は、トランシルヴァニア占領の失敗に加えて、逆にワラキアを占領されるという悲惨な結果に終わりました。ルーマニア軍は圧倒的な数的優位と戦略的優位性を持ちながらも大敗しました。ルーマニア遠征軍司令官アレクサンドル・アヴェレスクは、「進むときは何の困難もなくゆっくりと進んだが、戻る時には多くの困難を味わった」と述懐しています。

独墺軍司令官エーリッヒ・フォン・ファルケンハインは、ルーマニア軍の侵攻を押し返し、首都に迫る功績を挙げ、マッケンゼン軍と合流してルーマニア軍の残存勢力を撃破しました。最終的にルーマニアは25万人の兵士と領土の3分の2を失い、降伏を余儀なくされました。しかし、ドイツが敗北濃厚になるとルーマニアは降伏宣言を撤回し、再度宣戦布告、最終的に戦勝国となり、領土は2倍以上に拡大しました。

この戦いは、ルーマニア軍にとって戦略と準備の不足が致命的な結果を招いた事例となりました。また、大国の思惑に翻弄される小国の悲哀を象徴する出来事でもありました。

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