トリノ条約 (1696年)
トリノ条約（1696年）
1696年8月26日、北イタリアのサヴォイア公国の首都トリノにおいて、フランス王国とサヴォイア公国との間で一つの重要な合意が成立しました。これが歴史上「トリノ条約」として知られるものです。この条約は、当時ヨーロッパを巻き込んで繰り広げられていた大同盟戦争（ファルツ継承戦争）の最中に結ばれ、それまでフランスと敵対していたサヴォイアが、突然フランス側の同盟国へと立場を転換させるという劇的な変化をもたらしました。この急な方針転換は、サヴォイア公ヴィットーリオ・アメデーオ2世が直面していた深刻な軍事・政治的な苦境を反映したものでした。
戦争勃発とサヴォイアの苦戦
ヴィットーリオ・アメデーオ2世は、自身の公国の勢力拡大を強く望んでいました。大同盟戦争が始まると、彼はフランス王ルイ14世の領土的野心に対抗するため、スペイン王カルロス2世や神聖ローマ皇帝レオポルト1世といった反フランス勢力、いわゆる大同盟の一員として参戦します。しかし、強力なフランスとの戦いは、サヴォイアにとって困難を極めました。1690年、トリノ南西で起きたスタファルダの戦いでは、サヴォイア軍は大敗を喫し、フランス軍による国土への侵攻を許してしまいます。翌1691年には、フランス軍によるクーネオの包囲を一時的に退けることに成功しましたが、フランス軍司令官ニコラ・カティナは攻勢を緩めず、同年12月には戦略的な要衝であったモンメリアンが陥落するなど、サヴォイアは防戦一方の劣勢に立たされていました。
窮地での和平模索
度重なる軍事的敗北と国土の一部占領により、サヴォイア公国の状況は悪化の一途をたどっていました。この危機に乗じて、ルイ14世はヴィットーリオ・アメデーオ2世に対し、和平の提案を持ちかけます。この時期、ヴィットーリオ・アメデーオ2世自身も重病に伏しており、加えて後継ぎとなる男子がいないという個人的な不安も抱えていましたが、彼はフランスからの和平提案を一度は拒絶します。病から回復した後も、1693年10月のマルサリーアの戦いにおいて、サヴォイア軍は再びフランス軍に決定的な敗北を喫してしまいます。フランス軍も補給難からトリノへの直接進軍は断念しましたが、すでに戦力を消耗しきっていたサヴォイア軍は、近郊のモンカリエーリ城に籠城することを余儀なくされるなど、状況は好転しませんでした。
条約締結の舞台裏と内容
軍事的、経済的に追い詰められ、孤立無援に近い状態となったヴィットーリオ・アメデーオ2世は、もはやフランスが提示する条件を受け入れる以外に道はありませんでした。この条約の交渉過程には、フランス側のテッセ伯爵と、サヴォイア公の公妾であったジャンヌ・バティスト・ダルベール・ド・リュイヌが深く関与したとされています。そして1696年8月26日、ヴィットーリオ・アメデーオ2世は公国の生き残りをかけ、フランスとの和約に署名しました。
この条約には、主に以下のような重要な取り決めが盛り込まれました。
サヴォイア公国は、大同盟から離脱し、フランス王国との間で軍事同盟を結ぶこと。
両国の関係強化のため、ヴィットーリオ・アメデーオ2世の長女マリア・アデライーデ・ディ・サヴォイアと、フランス王ルイ14世の孫であるブルゴーニュ公ルイ（「プティ・ドーファン」と称された）との婚姻を成立させること。この結婚はサヴォイア公家とフランス王家の間に姻戚関係をもたらしましたが、マリア・アデライーデとブルゴーニュ公は1712年に天然痘で相次いで世を去り、彼女がフランス王妃となる夢は叶いませんでした。しかし、彼女はヴェルサイユ宮廷でルイ14世を含む人々に非常に好ましい印象を与えたと伝えられています。
* 領土に関する取り決めとして、大同盟戦争において中立とされていたカザーレは、マントヴァ公フェルディナンド・カルロ・ゴンザーガ＝ネヴェルスへ割譲されることが定められました。ただし、フランス軍は撤退に際し、カザーレの防御施設を徹底的に破壊しました。また、フランスが長年支配していたピニェロールについても、サヴォイアへ返還されることが合意されました。しかし、ここでもフランス軍は引き渡しの際にピニェロール要塞を破壊しました。これにより、かつて宰相リシュリューの時代に建設され、国家監獄として恐れられ、「鉄仮面」伝説でも知られるピニェロール監獄の歴史は終わりを迎えました。
条約のもたらした影響
トリノ条約は当初、秘密裏に締結されました。ヴィットーリオ・アメデーオ2世は、それまでの同盟相手であった神聖ローマ皇帝レオポルト1世に対し、フランスへの寝返りの事実をすぐには明らかにしませんでした。しかし、レオポルト1世はサヴォイアの不穏な動きを早期に察知し、強い疑念を抱いたと言われています。条約の内容が最終的に公表されると、フランス軍はサヴォイア領内に駐留を開始しました。これは、サヴォイアが大同盟側に引き戻されることを阻止するため、また大同盟側からの報復的な動きに対する牽制のためでした。
この条約の締結は、ヴィットーリオ・アメデーオ2世が抱いていた領土拡大という長年の野心を少なくとも一時的には挫折させ、彼がこれまで頑なに敵対してきた強国フランスとの同盟を、自身の公国を守るための苦渋の選択として受け入れざるを得なかったという当時の厳しい状況を如実に物語っています。これは、大同盟戦争におけるイタリア戦線の情勢を大きく変動させる出来事となりました。
1696年8月26日、北イタリアのサヴォイア公国の首都トリノにおいて、フランス王国とサヴォイア公国との間で一つの重要な合意が成立しました。これが歴史上「トリノ条約」として知られるものです。この条約は、当時ヨーロッパを巻き込んで繰り広げられていた大同盟戦争（ファルツ継承戦争）の最中に結ばれ、それまでフランスと敵対していたサヴォイアが、突然フランス側の同盟国へと立場を転換させるという劇的な変化をもたらしました。この急な方針転換は、サヴォイア公ヴィットーリオ・アメデーオ2世が直面していた深刻な軍事・政治的な苦境を反映したものでした。
戦争勃発とサヴォイアの苦戦
ヴィットーリオ・アメデーオ2世は、自身の公国の勢力拡大を強く望んでいました。大同盟戦争が始まると、彼はフランス王ルイ14世の領土的野心に対抗するため、スペイン王カルロス2世や神聖ローマ皇帝レオポルト1世といった反フランス勢力、いわゆる大同盟の一員として参戦します。しかし、強力なフランスとの戦いは、サヴォイアにとって困難を極めました。1690年、トリノ南西で起きたスタファルダの戦いでは、サヴォイア軍は大敗を喫し、フランス軍による国土への侵攻を許してしまいます。翌1691年には、フランス軍によるクーネオの包囲を一時的に退けることに成功しましたが、フランス軍司令官ニコラ・カティナは攻勢を緩めず、同年12月には戦略的な要衝であったモンメリアンが陥落するなど、サヴォイアは防戦一方の劣勢に立たされていました。
窮地での和平模索
度重なる軍事的敗北と国土の一部占領により、サヴォイア公国の状況は悪化の一途をたどっていました。この危機に乗じて、ルイ14世はヴィットーリオ・アメデーオ2世に対し、和平の提案を持ちかけます。この時期、ヴィットーリオ・アメデーオ2世自身も重病に伏しており、加えて後継ぎとなる男子がいないという個人的な不安も抱えていましたが、彼はフランスからの和平提案を一度は拒絶します。病から回復した後も、1693年10月のマルサリーアの戦いにおいて、サヴォイア軍は再びフランス軍に決定的な敗北を喫してしまいます。フランス軍も補給難からトリノへの直接進軍は断念しましたが、すでに戦力を消耗しきっていたサヴォイア軍は、近郊のモンカリエーリ城に籠城することを余儀なくされるなど、状況は好転しませんでした。
条約締結の舞台裏と内容
軍事的、経済的に追い詰められ、孤立無援に近い状態となったヴィットーリオ・アメデーオ2世は、もはやフランスが提示する条件を受け入れる以外に道はありませんでした。この条約の交渉過程には、フランス側のテッセ伯爵と、サヴォイア公の公妾であったジャンヌ・バティスト・ダルベール・ド・リュイヌが深く関与したとされています。そして1696年8月26日、ヴィットーリオ・アメデーオ2世は公国の生き残りをかけ、フランスとの和約に署名しました。
この条約には、主に以下のような重要な取り決めが盛り込まれました。
サヴォイア公国は、大同盟から離脱し、フランス王国との間で軍事同盟を結ぶこと。
両国の関係強化のため、ヴィットーリオ・アメデーオ2世の長女マリア・アデライーデ・ディ・サヴォイアと、フランス王ルイ14世の孫であるブルゴーニュ公ルイ（「プティ・ドーファン」と称された）との婚姻を成立させること。この結婚はサヴォイア公家とフランス王家の間に姻戚関係をもたらしましたが、マリア・アデライーデとブルゴーニュ公は1712年に天然痘で相次いで世を去り、彼女がフランス王妃となる夢は叶いませんでした。しかし、彼女はヴェルサイユ宮廷でルイ14世を含む人々に非常に好ましい印象を与えたと伝えられています。
* 領土に関する取り決めとして、大同盟戦争において中立とされていたカザーレは、マントヴァ公フェルディナンド・カルロ・ゴンザーガ＝ネヴェルスへ割譲されることが定められました。ただし、フランス軍は撤退に際し、カザーレの防御施設を徹底的に破壊しました。また、フランスが長年支配していたピニェロールについても、サヴォイアへ返還されることが合意されました。しかし、ここでもフランス軍は引き渡しの際にピニェロール要塞を破壊しました。これにより、かつて宰相リシュリューの時代に建設され、国家監獄として恐れられ、「鉄仮面」伝説でも知られるピニェロール監獄の歴史は終わりを迎えました。
条約のもたらした影響
トリノ条約は当初、秘密裏に締結されました。ヴィットーリオ・アメデーオ2世は、それまでの同盟相手であった神聖ローマ皇帝レオポルト1世に対し、フランスへの寝返りの事実をすぐには明らかにしませんでした。しかし、レオポルト1世はサヴォイアの不穏な動きを早期に察知し、強い疑念を抱いたと言われています。条約の内容が最終的に公表されると、フランス軍はサヴォイア領内に駐留を開始しました。これは、サヴォイアが大同盟側に引き戻されることを阻止するため、また大同盟側からの報復的な動きに対する牽制のためでした。
この条約の締結は、ヴィットーリオ・アメデーオ2世が抱いていた領土拡大という長年の野心を少なくとも一時的には挫折させ、彼がこれまで頑なに敵対してきた強国フランスとの同盟を、自身の公国を守るための苦渋の選択として受け入れざるを得なかったという当時の厳しい状況を如実に物語っています。これは、大同盟戦争におけるイタリア戦線の情勢を大きく変動させる出来事となりました。
もう一度検索
【記事の利用について】
タイトルと記事文章は、記事のあるページにリンクを張っていただければ、無料で利用できます。
※画像は、利用できませんのでご注意ください。
【リンクついて】
リンクフリーです。