トロンボーン協奏曲 (リムスキー＝コルサコフ)

トロンボーンと吹奏楽のための協奏曲

概要

ロシアの作曲家ニコライ・リムスキー＝コルサコフ（Nikolai Rimsky-Korsakov, 1844-1908）が作曲した《トロンボーンと吹奏楽のための協奏曲》（ロシア語: Концерт для тромбона с духовым оркестром）は、独奏トロンボーンと吹奏楽という、当時の協奏曲としては珍しい編成で書かれた作品です。1877年に作曲され、その後の歴史の中で一度は忘れ去られたものの、再発見されて以降、現在ではトロンボーン奏者にとって重要なレパートリーの一つとして広く知られています。

この協奏曲が生まれたのは、リムスキー＝コルサコフがロシア海軍の軍楽隊を指導していた時期にあたります。彼は海軍士官であり、優れたトロンボーン奏者でもあったレオノフのために、この作品を作曲しました。特定の奏者のために書かれたことから、楽器の特性を活かした効果的な書法が見られます。

作品の初演は、作曲から約1年後の1878年3月16日、クロンシュタットにある海軍基地で行われました。この時、指揮は作曲者自身が務めました。興味深いことに、この初演の機会には、同じく吹奏楽伴奏による他の管楽器協奏曲、すなわち「オーボエと吹奏楽のためのグリンカの主題による変奏曲 ト短調」や「クラリネットと吹奏楽のためのコンツェルトシュトゥック 変ホ長調」も同時に披露されました。これは、当時のリムスキー＝コルサコフが、吹奏楽という編成に対する関心を強く持っていたことを示唆しています。

初演後、この協奏曲はしばらくの間、演奏される機会が少なく、その存在が忘れられがちでした。しかし、第二次世界大戦後、1951年にソビエト連邦国内で楽譜が再発見されたことをきっかけに、再び脚光を浴びるようになります。それ以降、この作品は、フェルディナント・ダーヴィトやラウリッツ・メルキオール・グレンダールといった作曲家によるトロンボーン協奏曲と並び、この楽器のための重要な古典作品の一つとして、世界中で演奏されるようになりました。また、近年ではクリスティアン・リンドベルイによる管弦楽伴奏版も作成され、より多様な演奏形態で親しまれています。

楽曲構成

この協奏曲は、古典的な協奏曲に見られる「速い―遅い―速い」という3つの部分で構成されています。しかし、それぞれの部分間に明確な終止線がなく、全体を通して切れ目なく演奏されるため、単一楽章の作品と見なされることもあります。全体の演奏時間は10分程度と比較的短いながらも、内容は充実しています。

1. 第1部分：アレグロ・ヴィヴァーチェ

快活なアレグロ・ヴィヴァーチェのテンポで始まり、4分の4拍子で進みます。序盤は吹奏楽による3連符のリズミカルな伴奏に乗って、独奏トロンボーンが軽やかで躍動的な第1主題を提示します。これとは対照的に、レガートで歌われる抒情的な第2主題が現れ、音楽に深みを与えます。この部分は、提示部、展開部、再現部からなる三部形式のような構成を持っています。独奏トロンボーンは時に器楽的なパッセージを織り交ぜながら、巧みに主題を奏でます。

2. 第2部分：アンダンテ・カンタービレ

一転してアンダンテ・カンタービレのテンポとなり、8分の6拍子に移ります。この部分では、独奏トロンボーンが「歌うように（カンタービレ）」、そして「表情豊かに（エスプレッシヴォ）」美しい旋律を奏でます。吹奏楽の穏やかな伴奏に乗って、叙情的でロマンティックな音楽が展開されます。楽章の終わりには、独奏トロンボーンのための華やかなカデンツァが置かれており、奏者の技巧と表現力が存分に披露されます。カデンツァの後、アタッカ（切れ目なく続けて）で次の部分へ移行します。

3. 第3部分：アレグロ ～ テンポ・ポコ・メノ・モッソ ～ ヴィヴァーチェ

アレグロのテンポで開始され、途中でテンポが変化しながら進みます。まず、トランペットによる力強いファンファーレが鳴り響き、音楽に推進力を与えます。続いて、独奏トロンボーンが登場し、マーチ風のリズミカルで堂々としたメロディーを奏でます。この部分は、冒頭のファンファーレの動機が度々挟まれながら展開され、その間に独奏トロンボーンによる技巧的なパッセージ（ヴィルトゥオーソ的なオブリガート）が華やかに繰り広げられます。ここでも再びカデンツァが現れ、奏者の高度な技術が示されます。最後の部分では、再びファンファーレが高らかに鳴り響き、華々しい雰囲気の中で楽曲全体が締めくくられます。

全体として、この協奏曲はリムスキー＝コルサコフの持つ旋律美と管楽器の扱いの巧みさが光る作品であり、特に吹奏楽という編成の響きを効果的に活用している点でユニークな魅力を持っています。トロンボーンの持つ力強さ、柔らかさ、俊敏さといった様々な側面を引き出しつつ、吹奏楽ならではの色彩感豊かなサウンドとの対比や融合が見事に描かれています。

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