トローバ

トローバ：キューバの魂を歌う音楽

トローバとは、キューバのシンガー[[ソングライター]]が生み出す音楽、またはそのスタイルを指します。カリブ海の国々では、優れた詩を紡ぎ歌う人々を、敬意を込めて「トロバドール」（中世の吟遊詩人）と呼び、彼らの作品をトローバと名付けました。

広い意味でトローバは「歌」そのものを意味し、キューバの人々にとってトロバドールが自作自演する音楽は、ジャンルを問わずトローバとして認識されています。そのため、厳密には特定のジャンルを指す言葉ではありません。

トローバの多様な表現

狭義のトローバは、スペインの伝統的な韻律に則った繊細な詩と、イタリアやフランスのオペラ様式を取り入れたサルスエラ（音楽劇）のような歌曲を指します。19世紀後半のキューバ独立戦争時代から20世紀にかけて、サンティアーゴ・デ・クーバを中心に、シンド・ガライやホセ・サンチェスといった優れたトロバドールたちが現れ、数々の名曲を世に送り出しました。彼らはサルスエラやボレロといった音楽に加え、時代とともにハバネラやソン、そしてサルスエラから発展したフィーリンなど、多様なジャンルの音楽を演奏しました。

トローバの歌詞は、愛の喜びや悲しみ、日々の出来事など、普遍的なテーマを扱ったものが多く、即興で作られる十行詩よりも長く人々に愛唱されました。現在でも、キューバ各地にある「カサ・デ・ラ・トローバ」（トローバの家）と呼ばれるライブハウスで、その音楽を聴くことができます。

ヌエバ・トローバ：革命後の新たな潮流

1969年、キューバ革命後、革命政府はICAIC（キューバ国営映画公社）のプロジェクトとして、著名なギタリストであり指揮者であったレオ・ブローウェルの指揮のもと、ICAIC音響実験集団を発足させました。そこから、パブロ・ミラネスやシルビオ・ロドリゲスといった音楽家が輩出され、後にヌエバ・トローバと呼ばれるムーブメントを牽引しました。

ヌエバ・トローバという名称は、トロバドールの全盛期の勢いを現代に蘇らせたいという思いから名付けられました。初期の作品には、熱意と希望に満ちた革命賛歌が多く見られましたが、時代が進むにつれて、より現実的な視点を取り入れた、政治色の薄いプロテストソングが増えていきました。

1970年代は、公民権運動やベトナム反戦運動など、世界的に若い世代が社会に対して異議を唱えることが大きな潮流となっていました。スペイン語圏の軍事政権下で抑圧されていた若者たちは、ヌエバ・トローバの革命歌に共感し、大きな支持を送りました。しかし、すでに革命を成し遂げたキューバにおいては、政府批判を暗示的、比喩的に表現するヌエバ・トローバの立場は、複雑なものでした。

1980年代には、キューバ国内でヌエバ・トローバのコンセプトに基づいたソンやロックなど、「ヌエバ・トローバ系」と呼ばれる多様なジャンルの音楽が流行しました。1990年代に入るとブームは下火になりましたが、ヌエバ・トローバは、国内の苦境や国外からの圧力を抱えるキューバの現状を憂う音楽として、一定の地位を確立しています。

今日でもトローバ、そしてヌエバ・トローバは、キューバの社会、文化、そして人々の心を映し出す音楽として、その灯を絶やすことなく、人々に愛され続けています。

参考文献
八木啓代、吉田憲司『キューバ音楽』青土社、2001年。ISBN 4791758617。
北中正和監修『世界は音楽でできている：中南米・北米・アフリカ編』音楽出版社、2007年。ISBN 9784861710261。

関連項目
* ヌエバ・カンシオン - ヌエバ・トローバと同時期に中南米に起こった音楽のムーブメント

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