ヌエバ・カンシオン

ヌエバ・カンシオン（Nueva canción）とは

ヌエバ・カンシオンは、スペイン語で「新しい歌」を意味し、1960年代以降、ラテンアメリカ各地で音楽を通じた社会変革運動として発展しました。単なる新しい歌ではなく、社会的なメッセージを込めた歌を通じて、政治や社会の変革を目指すムーブメントです。特に、アジェンデ政権下のチリ、革命後のキューバ、アルゼンチン、メキシコなどで多くの音楽家が活躍しました。

キューバでは、同様の運動がヌエバ・トローバ（Nueva trova）と呼ばれています。ヌエバ・トローバは、社会主義革命の成果を肯定する意味合いが強い点が、ヌエバ・カンシオンとはやや異なります。

歴史的背景

ヌエバ・カンシオンの源流は、20世紀初頭のメキシコ革命で歌われた革命歌に遡ることができます。また、1920年代から活躍したアルゼンチンの歌手、アタウアルパ・ユパンキも、後のヌエバ・カンシオンに通じる歌を数多く発表しました。

「ヌエバ・カンシオン」という名称が初めて使われたのは、1962年にアルゼンチンでメルセデス・ソーサらが結成した「新しい歌の運動」であると考えられています。その後、キューバやチリでも同様の運動が活発化しました。特にチリでは、1960年代末から1973年のチリ・クーデターまで、ビオレータ・パラとビクトル・ハラを中心に、多くの才能ある音楽家が登場しました。

しかし、1973年のチリ・クーデターによりアウグスト・ピノチェトの軍事政権が成立すると、ヌエバ・カンシオンは激しい弾圧を受けます。ビクトル・ハラは殺害され、多くの音楽家が強制収容所に送られたり、国外追放されたりしました。1976年にはアルゼンチンでもクーデターが起こり、メルセデス・ソーサをはじめとする多くの音楽家が国外亡命を余儀なくされました。

1970年代末から1980年代初頭にかけて、ラテンアメリカの多くの国が軍事政権下に置かれ、ヌエバ・カンシオンは冬の時代を迎えます。ただし、キューバとメキシコでは、比較的自由に活動を続けることができました。

1979年のサンディニスタ革命以降、ニカラグアではメヒア・ゴドイ兄弟などが活躍し、ヌエバ・カンシオンが隆盛を迎えました。1982年のアルゼンチン、1990年のチリで軍事政権が崩壊すると、ヌエバ・カンシオン運動は再び盛り上がり、反軍政活動に大きな役割を果たしました。

アルゼンチンとチリでは、軍政時代に国外に亡命していた音楽家と、国内で活動を続けていた音楽家の間で、音楽的な傾向に違いが生まれました。亡命音楽家は伝統的な民族音楽（フォルクローレ）を基盤としていたのに対し、国内音楽家はロックなど欧米の音楽を取り入れる傾向が強まりました。国内で活動した音楽家たちの活動は、ヌエボ・カント（Nuevo canto）と呼ばれることもあります。

現在の状況

旧ソ連の崩壊や新自由主義経済の台頭は、社会主義的な政治姿勢と結びついていたヌエバ・カンシオン運動に影響を与えました。かつての旗手の中には、政治的・社会的主張を放棄したと見られる音楽家も存在します。

しかし、1990年代末以降、新自由主義経済による貧富の格差拡大に対する反動として、ラテンアメリカは左傾化が進み、ヌエバ・カンシオンは再び注目を集めています。特に、ベネズエラではヌエバ・カンシオンが隆盛を誇っています。

音楽的特徴

1970年代までに活躍した音楽家は、各国の民族音楽をベースに、社会的なメッセージを歌詞に込めたり、斬新なメロディーや和音を取り入れたりしました。ヌエバ・カンシオンは、ラテンアメリカ各国のフォルクローレの一部として捉えられることもあります。チリでは、隣国ボリビアのアンデス音楽の要素が強く取り入れられました。

一方、軍政下に台頭した音楽家は、ロックなどの商業音楽から影響を受けたものが多く、大衆的な人気を得る傾向にありました。アルゼンチンのレオン・ヒエコは、ロック歌手としてデビュー後、反戦歌「ただ神に祈ること (Solo le pido a dios)」を大ヒットさせました。

軍政終結後、亡命音楽家と国内音楽家の交流が進み、音楽的な融合も進んでいます。

主要なグループ・歌手

チリ: ビクトル・ハラ、ビオレータ・パラ、アンヘル・パラ、キラパジュン、インティ・イリマニ、イリャプー
アルゼンチン: アタウアルパ・ユパンキ、メルセデス・ソーサ、レオン・ヒエコ、ビクトル・エレディア
ボリビア: サビア・ヌエバ、ルイス・リコ、ハイメ・フナーロ
ペルー: タニア・リベルタ
ベネズエラ: アリ・プリメーラ、ソレダー・ブラーボ
ニカラグア: カルロス・メヒア・ゴドイ、ルイス・エンリケ・メヒア・ゴドイ
メキシコ: アンパロ・オチョア、ロス・フォルクロリスタス
キューバ: パブロ・ミラネス、シルビオ・ロドリゲス
ウルグアイ: ダニエル・ヴィリエッティ

代表的な歌

ベンセレーモス
不屈の民
平和に生きる権利
人生よありがとう
ティオ・サム
ただ神に祈ること

関連項目

フォルクローレ

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