トーレ・デル・ビエルソ鉄道事故

1944年 1月3日、スペイン北西部のレオン県エル・ビエルソ地域、トーレ・デル・ビエルソ近郊のトンネル内で発生した鉄道事故は、スペイン鉄道史において最も犠牲者の多かった事故の一つとされています。この事故では、ブレーキ故障により制御不能となった郵便急行列車が、先行していた入換機関車、さらには反対方向から接近してきた貨物列車と次々と衝突しました。この多重衝突とその後の火災により、多数の死傷者が発生しましたが、当時の厳格な報道管制下でその規模は長らく隠蔽されていました。

事故発生までの経緯

事故の発端は、前日1月2日の夜にマドリードを出発したラ・コルーニャ行きの郵便急行列車に遡ります。この列車は、強力な蒸気機関車2両に12両の客車を牽引していました。しかし、運行中に遅延が生じ、アストルガ駅に到着した時点ですでに2時間遅れていました。加えて、列車のブレーキシステムに不具合が発生しており、アストルガでの点検に時間を要しました。さらに状況を悪化させたのは、機関車1両の故障により運用から外さざるを得なくなったことです。これにより遅延は3時間に拡大し、残る1両の機関車でブラニュエーラス峠の急勾配区間を走行することになったため、ブレーキの不調は致命的な問題となりましたが、運行続行が決定されました。

暴走と第一の衝突

峠を下る急勾配区間に差し掛かると、ブレーキの利きはますます悪化しました。アルバーレス駅での停車を試みましたが、客車の手ブレーキや砂撒き装置を使っても列車を止めることはできませんでした。暴走状態となった列車はアルバーレス駅を高速で通過しました。これを見た駅長は即座にトーレ・デル・ビエルソ駅に電話連絡し、列車の異常事態を伝えました。トーレ・デル・ビエルソ駅では、線路上に枕木を置いて列車を減速させようと試みましたが、効果はありませんでした。汽笛を鳴り響かせながら駅を通過した郵便列車は、先に進んだ20番トンネルへと進入しました。

トンネル内には、数両の客車を牽引した入換機関車が停車していました。暴走列車はこれに追突しました。衝撃で郵便列車の前方の客車、特に木造の車両が大破し、客車に備え付けられていたガス灯に引火して激しい火災が発生しました。

第二の衝突と犠牲者の増加

不幸はこれだけでは終わりませんでした。第一の衝突で信号ケーブルが損傷し、反対方向からトーレ・デル・ビエルソへ向かっていた石炭貨物列車に対して進行信号が現示されてしまったのです。貨物列車は27両もの石炭貨車を牽引しており、衝突の発生を知らずに21番トンネルを抜けました。最初の衝突で無傷だった入換機関車の機関士は、迫りくる貨物列車に必死に警告しようとしましたが、その努力は間に合いませんでした。貨物列車は火災が発生している20番トンネル内へ進入し、入換機関車に突っ込みました。この二次衝突により、入換機関士と貨物列車の乗務員4人が犠牲となりました。

事故後の状況と隠蔽

トンネル内で発生した火災は非常に激しく、2日間にわたって燃え続けました。これにより救助活動は遅れ、多くの犠牲者は遺体の損傷が激しく身元の判別が困難となりました。

当時のスペインはフランシスコ・フランコ政権下で厳しい検閲が行われており、この重大な事故はほとんど公にされませんでした。国営鉄道会社RENFEの公式事故報告書も失われています。正確な乗客数を把握することも困難でした。多くの人々が切符を持たずに乗車していたためです。しかし、生存者たちの証言によれば、列車はベンビブレのクリスマス市へ向かう乗客などで非常に混雑しており、実際の乗客数は公式発表よりもはるかに多かったとされています。公式の死者数は78人とされましたが、事故直後から推定200人から250人、そして近年では500人以上とする研究もあり、犠牲者の総数については現在も議論が続いています。

その後の影響

事故の全容とその悲劇的な規模が明らかになるまでには、事故から長い年月が必要でした。事故現場となった20番トンネルは、地質的な問題を理由に1985年に閉鎖されました。この事故は後世に語り継がれ、2002年には事故を題材にしたドキュメンタリー映画『20番トンネル（Túnel número 20）』が制作され、ゴヤ賞を受賞しています。

トーレ・デル・ビエルソ鉄道事故は、技術的な問題、人的な判断ミス、そして当時の社会情勢が重なり合って起きた複合的な悲劇であり、安全運行の重要性と情報公開の必要性を歴史に示す出来事となりました。

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