ドイツの宗教改革

ドイツ宗教改革

ドイツに端を発する宗教改革は、当初、教会内部、特に教義や制度上の問題提起から始まりましたが、やがて世俗的な権力構造や政治・社会のあり方と深く結びつき、近代国家の成立や思想潮流に計り知れない影響を与えることとなりました。

近代への影響

宗教改革が、各主権国家を単位として人々の信仰生活が規定される方向へ進んだことは、かつて西欧世界を統合していた「一つの普遍的な教会」という理念を根底から覆し、ローマ教皇の権威を大きく失墜させました。近代に入ると、教皇権は各国の主権に対して優位を主張することが困難になり、今日まで続く国民を単位とした政治社会が形成される基盤が築かれました。

思想面では、個人の内面の自由や良心の自由が重視されるようになり、これは近代政治思想における重要な概念の一つとして確立されていきました。

ルターの登場と論争

宗教改革は、1517年にマルティン・ルターがヴィッテンベルク城教会の扉に「95カ条の論題」を発表したことを契機に本格的に開始されました。当初は、贖宥状（免罪符）の販売を巡る聖職者間の内部対立と見なされていましたが、論点が教皇の至上権へと移るにつれて、多くの人文主義者もこの論争に加わるようになります。

当時の神聖ローマ皇帝カール5世やエラスムス派の人文主義者、穏健なカトリック聖職者たちは、キリスト教世界の統一を重視し、プロテスタントとカトリックの間の和解を模索しました。実際、論争の初期には両陣営の間で妥協の可能性が認識されており、ルターの教義自体が、ツヴィングリやカルヴァンといった他の改革者から保守的と批判されるほどカトリック的な要素を含んでいることは、当時も後に指摘されました。また、ルターの教義の核心である「信仰義認説」についても、ルターとは独立して枢機卿コンタリーニらが同様の結論に達しており、カトリック内部にも穏健派が存在し、ルターとの和解を模索していました。

しかし、教皇クレメンス7世とその継承者パウルス3世は、プロテスタントへの譲歩が教皇権の失墜につながることを恐れて和解を拒否しました。さらに、皇帝カール5世を警戒するフランス王やバイエルン公といった勢力も、ドイツの分裂を望んで教皇に同調しました。ルター派側でも、ザクセン選帝侯などが政治的な思惑から強硬姿勢を取り、プロテスタントの基盤が固まると、当初は融和的態度も見せたルター自身も非妥協的になっていきました。こうして宗教改革は、単なる教義上の問題から、不可避的な政治問題へと変質していったのです。

ルターの思想

ルターの思想はアウグスティヌスの影響を強く受けていますが、教会論においては意図的に距離を置いているように見えます。アウグスティヌスが教会の「唯一性」を重視したのに対し、ルターは人間の「原罪」と神の絶対的支配を強調しました。人間は本質的に罪人であり、自らの善行によって救われるのではなく、ただ神の恩寵のみによって救済されると説き、人間の自由意志を否定しました。そして、この神の恩寵にあずかるためには、ひたすら神を信頼し、信仰を寄せることだけが可能であるとしました。神と個人の間には基本的に仲介者は不要であるとし、ここから「万人司祭主義」や、神の前での信仰における人間の平等、聖職者の特権否定が導かれます。

また、信仰の根拠を教会ではなく聖書に求めました。教会が独占していた聖書解釈も、万人が自由に行えると主張し、教義や信仰における教皇・教会の権威を否定しました。

ルターはさらに「二世界統治説」を唱えました。神はこの世界を霊的な教会（信仰による支配）と世俗的な剣の支配（法による支配）という二つの領域で統治していると説きました。世俗的な支配は、キリスト教に反しない限り積極的に受け入れるべきであるとしましたが、支配者（教皇や皇帝）がこれに違反した場合には抵抗も可能としました。ただし、抵抗の主体となりうるのは、自領の民を信仰の下に保護する責務を負う諸侯のみであり、農民のような民衆の抵抗は反乱であるとしました。これは、信仰における諸侯の絶対的権限、すなわち「領邦教会制度」の理論的な基礎を与えるものでした。

ドイツにおける政治的展開

当初限定的な教会問題から始まった宗教改革は、その広がりとともに政治的な色彩を強めました。教皇権への挑戦という教会内部の政治問題を経て、神聖ローマ帝国における皇帝権に対する諸侯の自立を求める、より直接的な政治問題へと転化しました。この対立は三十年戦争の遠因ともなり、ドイツが長らく分断国家となる一因となりました。一方で、ルターによる聖書翻訳は近代ドイツ語の基礎を築き、文化的側面ではドイツの統合にも寄与しました。

1530年、カール5世がアウクスブルクで帝国議会を招集すると、ルター派は「アウグスブルク信仰告白」を提出しましたが、ツヴィングリ派などは独自の信仰を表明し、プロテスタント内部の宗派分裂が明らかとなりました。議会ではカトリックが優勢となり、皇帝はヴォルムス勅令（1521年）の執行を命じ、プロテスタントを異端としました。

衝突と和解

これに対抗するため、プロテスタントの帝国諸侯と都市は1531年、ヘッセン方伯とザクセン選帝侯を盟主とするシュマルカルデン同盟を結成しました。宗教戦争が迫る中、カール5世は1532年にニュルンベルクの宗教平和で暫定的にプロテスタントを保障しました。これによりプロテスタント勢力は拡大し、多くの領邦や都市がプロテスタントに転じました。

しかし、1546年のルターの死や、ザクセン公の皇帝側への転向、ヘッセン方伯の政治的中立化など、皇帝に有利な状況が整うと、カール5世は同年シュマルカルデン戦争を起こして同盟を壊滅させました。翌年のアウクスブルク帝国議会ではカトリックに有利なアウグスブルク仮信条協定が成立します。しかし、息子フェリペへの帝位継承を目論んだ皇帝は反発を招き孤立。1552年にザクセン選帝侯モーリッツが反皇帝側に転じて諸侯戦争が勃発すると、カール5世は敗北し、パッサウ条約を受け入れました。

この敗北を受け、カール5世は宗教問題の解決を弟フェルディナントに委ね、1555年にアウクスブルクの和議（宗教平和令）が成立しました。この和議では、「一領邦一信仰（Cujus regio, ejus religio）」の原則が確立され、諸侯が自領の信仰（カトリックかルター派）を選択し、領民に強制する権利が認められました。これにより、領邦教会制度が正式に承認されました。ただし、カルヴァン派やツヴィングリ派、再洗礼派などはこの枠組みから除外されました。

ドイツの宗教改革は、単なる神学論争から始まり、複雑な政治的駆け引きと武力衝突を経て、最終的に各領邦に宗教選択権を認めるという形で一旦の終結を見ました。これはドイツ史において近代へと続く重要な転換点となった出来事です。

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