ドニ・ゴーティエ

ドゥニ・ゴーティエ：17世紀フランス・リュート楽壇の光芒

17世紀フランスの豊かな音楽文化を彩ったリュート奏者にして作曲家、ドゥニ・ゴーティエ（Denis Gaultier）は、1603年に生まれ、1672年にその生涯を閉じました。当時のリュート音楽隆盛期にあって、彼は特にサロン文化の中で名声を確立した人物です。

彼にはエヌモン・ゴーティエという名の従兄がおり、彼もまたリュート奏者として高名でした。二人のゴーティエは互いに近しい関係にありましたが、同姓同名であるため、特に年長の従兄エヌモンと区別するために、ドゥニはしばしば「若きゴーティエ」（Gaultier le jeune）と呼ばれていました。しかし、当時の音楽出版事情においては、この区別も完全ではなかったようで、出版社が二人の作品を取り違えて紹介することもしばしばあったと記録されています。これは、二人の音楽家がいかに同時代の人々から同等に注目されていたかを示すエピソードとも言えるでしょう。

ドゥニ・ゴーティエが誰から音楽の手ほどきを受けたのかは確定していませんが、おそらくパリで活躍したオルガン奏者シャルル・ラケ（Charles Racquet）の弟子であったと考えられています。ゴーティエはラケの死に際し、追悼の意を込めて「トンボー（Tombeau）」と呼ばれる形式の楽曲を作曲しています。トンボーは17世紀フランスの音楽において、追悼の対象となった人物への敬意や悲しみを表現するために作られた器楽作品の一種であり、ゴーティエが師への深い繋がりを持っていたことを示唆しています。

彼のキャリアにおいて特徴的なのは、宮廷の公式な音楽家として仕えることはなかったという点です。その代わり、彼は当時の貴族や文化人の集まる私的な集まり、すなわち「サロン」における演奏活動を通じてその才能を披露し、名声を博しました。当時のパリのサロンは、文学、哲学、芸術が交流する重要な場であり、優れた音楽家にとってはその技量を認められ、支持者を得るための重要な舞台でした。ゴーティエはこのような場で、聴衆を魅了する演奏と作曲によって、宮廷の庇護なしに自身の地位を確立しました。

ゴーティエの残した作品の大部分は、リュートのための舞曲組曲によって占められています。17世紀のフランスでは、様々な舞曲（アルマンド、クーラント、サラバンド、ジーグなど）を連続して演奏する組曲形式が発展しました。ゴーティエもまた、この形式において、洗練された旋律、複雑な装飾、そして楽器の響きを最大限に活かすタブラチュア（リュートなどの撥弦楽器のための記譜法で、音高ではなく指の押さえ方や弦を指定するもの）を用いた作曲技法を展開しました。

彼の後半生において、特に重要な3つの曲集が出版されています。

1. 《神々の修辞学（La rhétorique des dieux）》：1652年頃に出版されたとされるこの曲集は、ゴーティエの代表作中の代表作です。全56曲が12の異なる旋法（モード）を用いて構成されており、各旋法が付随する舞曲に特定の性格や雰囲気を付与すると考えられていました。この体系的な構成は、ゴーティエの音楽的思考の深さを示すものです。各曲には神話に由来するタイトルが付されており、音楽と文学、哲学が融合した当時の知的なサロン文化を反映しています。
2. 《新しい3つの様式によるリュート曲集（Pièces de luth sur trois différens modes nouveaux）》：1670年頃に出版されました。「新しい3つの様式」という言葉が示すように、当時の音楽様式の変化や多様性を取り入れようとするゴーティエの姿勢が見られます。
3. 《ゴーティエ氏とその従弟で若きゴーティエ氏によるタブラチュア集（Livre de tablature ... de Mr. Gaultier Sr. de Nève et de Mr. Gaultier son cousin）》：1672年頃に出版されたこの曲集は、従兄であるエヌモン・ゴーティエ（Sr. de Nèveはエヌモンの別称）との作品をまとめたものです。二人のゴーティエの作品が同じ出版物に含まれていることは、当時の人々が彼らをフランス・リュート楽壇の二大巨匠として認識していたこと、そして二人の芸術的な繋がりがいかに深かったかを改めて示しています。

ドゥニ・ゴーティエは、宮廷ではなくサロンという舞台で独自の音楽世界を構築し、特にリュート組曲の形式において洗練された傑作を数多く残しました。《神々の修辞学》をはじめとする彼の作品は、17世紀フランスのリュート音楽の精華として、今日でも多くの音楽愛好家に研究され、演奏されています。彼は同時代のリュート音楽の発展に決定的な影響を与えた、フランス・バロック期における最も重要な音楽家の一人と言えるでしょう。

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