ドミトリー・シトコヴェツキー

ドミトリー・ユリアノヴィチ・シトコヴェツキー：多才なる音楽家の軌跡

ドミトリー・ユリアノヴィチ・シトコヴェツキー（Dmitry Sitkovetsky）は、1954年9月27日に旧ソビエト連邦のアゼルバイジャン、バクーで生を受けた、ヴァイオリン奏者および指揮者として国際的に活躍する音楽家です。彼は、音楽界における傑出した才能を持つ両親のもとに生まれました。父は著名なヴァイオリニスト、ユリアン・シトコヴェツキー、母は世界的なピアニスト、ベラ・ダヴィドヴィチという、まさに音楽一家のサラブレッドです。

困難な生い立ちと亡命

幼少期、彼は大きな試練に直面します。父ユリアンはドミトリーがわずか4歳の1958年に急逝してしまいます。その後、彼は母とともにモスクワへ移り、音楽的な才能を育んでいきました。モスクワ音楽院で研鑽を積む学生時代、彼は当時のソ連体制下での活動に限界を感じ、国外での自由な音楽活動を強く望むようになります。22歳を迎えた1977年、ソ連からの出国許可を得るため、特例として精神科の診断を受けるという手段を選びました。そして、同年9月11日、念願のアメリカ、ニューヨークへの亡命を果たします。この決断は、彼のその後の音楽人生を大きく左右することになります。

アメリカでの飛躍と国際的なキャリア

アメリカに渡ったドミトリー・シトコヴェツキーは、音楽の殿堂であるジュリアード音楽院に入学し、さらなるヴァイオリンの技術向上に励みました。亡命からわずか2年後の1979年、彼はウィーンで開催されたフリッツ・クライスラー国際コンクールで見事優勝を飾り、国際的な舞台への扉を開きます。この優勝を機に、彼は世界中の著名なオーケストラにソリストとして招かれ、共演を重ねていきました。ザルツブルク、ルツェルン、エディンバラといった権威ある音楽祭にも頻繁に出演し、その名を不動のものとしました。また、ピアニストである母ベラ・ダヴィドヴィチとの親子リサイタルも度々開催し、深い音楽的絆を示す演奏は多くの聴衆を魅了しました。

指揮活動への展開

ヴァイオリニストとしての成功に加え、シトコヴェツキーは指揮者としてもその才能を発揮し始めます。1996年から2001年にかけて、彼は北アイルランドを拠点とするアルスター管弦楽団の首席指揮者兼芸術顧問を務め、任期終了後には同楽団の桂冠指揮者の称号を授与されました。さらに、2003年からはアメリカのグリーンズボロ交響楽団の音楽監督に就任し、その手腕を発揮しています。ロシア国立交響楽団の首席客演指揮者としても活動し、自身のルーツであるロシアの音楽シーンとも深く関わり続けています。

録音と特筆すべき編曲

彼はソリスト、室内楽奏者として非常に精力的に録音活動を行っています。特に、バッハの金字塔「ゴルトベルク変奏曲」を弦楽三重奏および弦楽合奏用に自身が編曲し、演奏した録音は、彼の音楽的貢献の中でも特筆すべきものです。これは、彼の友人であり、ゴルトベルク変奏曲の演奏で知られるピアニスト、グレン・グールドへの追悼として捧げられた作品です。弦楽三重奏版では、ヴィオラ奏者のジェラール・コセ、チェロ奏者のミッシャ・マイスキーという世界的な名手たちと共演し、原曲とは異なる響きの中に新たな生命を吹き込んでいます。これらの編曲と演奏は、彼の多角的な音楽性を示す重要な業績として広く評価されています。

家族と現在の生活

私生活では、ソプラノ歌手のスーザン・ロバーツと結婚し、一女ジュリアをもうけています。1987年以降、彼は家族とともにイギリスのロンドンに定住し、そこを活動拠点として世界各地への演奏旅行や指揮活動を行っています。彼の甥にあたるアレクサンダー・シトコヴェツキーもヴァイオリニストとして活躍しており、音楽の才能が家族代々受け継がれていることを示しています。

ドミトリー・シトコヴェツキーは、ヴァイオリニスト、指揮者、編曲家として、その多才な能力と豊かな音楽性で世界のクラシック音楽界において重要な地位を占めています。亡命という困難を乗り越え、自由な環境で花開かせた彼の音楽は、多くの人々に感動を与え続けています。

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