ドム教会

オランダ中央部に位置する都市ユトレヒトには、その街の象徴ともいえる壮麗な歴史的建造物があります。正式名称を「ドム教会（Domkerk）」または「聖マルティン大聖堂（Sint-Maartenskathedraal）」と呼ばれ、かつてユトレヒト大司教区の司教座聖堂として重要な役割を果たしました。この大聖堂は、キリスト教の聖人であるトゥールの聖マルティヌスに捧げられています。中世においては、オランダ国内でも有数の規模を誇り、隣国ドイツの神聖ローマ帝国との関係性においても極めて重要な位置を占めていました。ゼーラント州のミデルブルフ大聖堂と共に、かつてオランダに存在した二つのカセドラルのうちの一つに数えられます。宗教改革の波を受けて、1580年以降はプロテスタントの教会として利用されることになりました。

教会の歴史

ドム教会の歴史は非常に古く、その起源は西暦630年頃にまで遡ります。当初は木造の質素な教会でしたが、自然災害などにより度重なる倒壊と再建を繰り返しました。1023年には、石造りのロマネスク様式の大聖堂が建てられましたが、これも1253年の大火によって建物の大部分が焼失する被害を受けました。ユトレヒト大司教は、この被害を受けて聖堂の再建を決定し、より壮麗なゴシック様式の大聖堂の建設に着手しました。しかし、建築計画は壮大であったものの、資金不足が慢性的な問題となり、工事は極めてゆっくりとしたペースで進行しました。単一の尖塔を持つ計画で進められた新大聖堂は、1382年にようやくその象徴である高さ112メートルのドム塔が完成しました。

16世紀に入ると、ヨーロッパでは宗教改革の嵐が吹き荒れました。オランダでも1566年に宗教改革が本格化し、その影響はドム教会にも及びます。1580年には、カトリック教会としての役割を終え、プロテスタント教会へとその性格を変えました。

教会にとって最も壊滅的な出来事の一つは、1674年に発生しました。ユトレヒトを襲った激しい竜巻を伴う暴風雨は、街に甚大な被害をもたらし、多くの犠牲者を出しました。この嵐により、大聖堂の中央を占める身廊は無惨にも崩落しました。これは、当時の建築が身廊の外壁を支える控え壁（フライングバットレス）の構造が不十分であったことが原因とされています。その後、崩壊した身廊の再建計画が策定されましたが、再び資金不足が立ちはだかり、計画は実現に至りませんでした。結果として、ドム教会は内陣部分とドム塔が分断された特異な姿のまま、現在に至っています。

建築様式

ドム教会は、中世盛期にフランスで発達し、ヨーロッパ各地に広まったゴシック建築の影響を強く受けています。高くそびえる尖塔、ステンドグラス、リブ・ヴォールトなど、ゴシック様式の特徴が見られます。しかし、他のオランダ国内の教会建築と同様に、地域の伝統や様式が取り入れられ、独自の地域性を保持している点も特徴です。フランスの多くの大聖堂が複数の塔を持つ計画で建設されたのに対し、ドム教会は当初から一つの尖塔を持つデザインでした。現存するドム塔は、高さが112メートルあり、これはオランダ国内の教会塔としては最も高い記録を持っています。ドム塔はユトレヒトのスカイラインにおいて圧倒的な存在感を放ち、街のシンボルとして広く認識されています。日本の長崎県にあるテーマパーク「ハウステンボス」のシンボルタワーである「ドムトールン」は、このユトレヒトのドム塔をモデルとして建設されました。

現在の姿と内部

1674年の竜巻による崩壊後、ドム教会は内陣部分とドム塔が物理的に分離したまま現在に至っています。かつて教会の中央部であった身廊の跡地は、「ドムプレイン（Domplein）」と呼ばれる広場になっており、大きな木々が立ち並んでいます。この広場の舗道には、色とりどりの石が埋め込まれており、これらはかつての大聖堂の外郭線を示す役割を果たしています。これにより、訪問者は崩壊前の教会の巨大さを視覚的に理解することができます。

建築開始から750周年を迎えた2004年には、崩壊した身廊部分に一時的に足場を組み、大聖堂の本来の姿を模擬的に再現するプロジェクトが行われましたが、現在は既に解体されています。2013年には、ドム教会の歴史や構造をより深く理解するため、大規模な発掘調査プロジェクトが開始されました。

教会の敷地内には、美しい回廊と参事会会場も現存しています。これらの建物は現在、ユトレヒト大学のメインホールとして利用されており、歴史的な空間で教育活動が行われています。特に参事会会場は、1579年にネーデルラント連邦共和国建設の基礎となった「ユトレヒト同盟」の協定が署名された歴史的に非常に重要な場所です。

墓地と記念碑

中世において、ユトレヒトは西側の神聖ローマ帝国にとって戦略的にも文化的にも重要な都市でした。特にザーリアー朝との関係は深く、神聖ローマ皇帝はしばしばドム教会の名誉司教座聖堂参事会員に名を連ねていました。歴史上の重要な出来事として、ザーリアー朝の皇帝コンラート2世は1039年に、ハインリヒ5世は1125年にそれぞれユトレヒトで崩御しています。彼らの内臓と心臓は、特別にドム教会に埋葬されました。聖歌隊席の床にひっそりと嵌め込まれている小さな「皇帝の石（keizerssteentjes）」と呼ばれる石が、この歴史的な事実を現在に伝えています。

ドム教会には、数多くの墓標や記念碑が残されていますが、比較的無傷で現存している唯一の中世の霊廟は、14世紀の主教ギー・ダヴェーヌ（エノー伯ジャン2世の弟）のものです。その他にも、教会内部には歴史的・芸術的に価値のある墓標や記念碑が多数存在します。中でも、16世紀中葉に作られたヘオルヘ・ファン・エフモント司教の記念碑は、その時代の彫刻芸術や歴史を知る上で特に重要視されています。

ドム教会は、度重なる歴史の試練を経てその姿を変えながらも、ユトレヒトの街の中心でその存在感を示し続けています。建築的な魅力だけでなく、オランダおよびヨーロッパ史における様々な重要な出来事の舞台となった場所として、今なお多くの人々を惹きつけています。

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