ドロシー・カーステン

ドロシー・カーステン（Dorothy Kirsten, 1910年 7月6日 - 1992年 11月18日）は、20世紀のアメリカ合衆国を代表するソプラノ歌手の一人です。ニュージャージー州モントクレアに生を受けた彼女は、クラシック音楽、特にオペラの世界で輝かしいキャリアを築き上げました。

若い頃から音楽への情熱を抱いていたカーステンは、ハイスクールを途中で離れて社会に出た後も、仕事と並行して声楽の学習に励みました。その才能をさらに磨くため、1938年にはイタリアへと留学し、本場の音楽に触れながら研鑽を積みました。イタリアでの経験は、彼女の芸術的な成長に大きな影響を与えたと考えられます。

オペラ歌手としての第一歩は、1940年にシカゴの舞台で踏み出されました。マスネーのオペラ『マノン』において、プセット役でデビューを飾り、以後そのキャリアを本格的にスタートさせました。そして、彼女の活動の主要な舞台となるメトロポリタン歌劇場（Metropolitan Opera）には、1945年にプッチーニの傑作『ラ・ボエーム』のヒロイン、ミミ役で初めて登場しました。

メトロポリタン歌劇場でのデビュー以降、カーステンは長期にわたり同劇場の主要なソプラノ歌手として活躍し続けました。そのレパートリーは極めて幅広く、叙情的な役から劇的な役まで、多岐にわたるキャラクターを巧みに演じ分けました。彼女が舞台で命を吹き込んだ役柄には、以下のようなものがあります。

ジュール・マスネー作曲『マノン』のプセット、およびタイトルロールのマノン
ジャコモ・プッチーニ作曲『ラ・ボエーム』のミミ、『蝶々夫人』の蝶々さん、『マノン・レスコー』のタイトルロールのマノン、『トスカ』のタイトルロールのトスカ、『西部の娘』のミニー
ジュゼッペ・ヴェルディ作曲『椿姫』のヴィオレッタ
シャルル・グノー作曲『ファウスト』のマルグリート、『ロメオとジュリエット』のジュリエット
ジョルジュ・ビゼー作曲『カルメン』のミカエラ
ギュスターヴ・シャルパンティエ作曲『ルイーズ』のタイトルロールのルイーズ
ルッジェーロ・レオンカヴァッロ作曲『道化師』のネッダ
ダリユス・ミヨー作曲『三人の王の愛』のフィオーラ
ウィリアム・ウォルトン作曲『トロイラスとクレシダ』のクレシダ
フランシス・プーランク作曲『カルメル派修道女の対話』のブランシュ
ヨハン・シュトラウス2世作曲『こうもり』のロザリンデ
ピョートル・チャイコフスキー作曲『スペードの女王』のリーザ

これらの役柄リストからもわかるように、フランスオペラ、イタリアオペラ、ドイツオペラ、さらには現代作品に至るまで、彼女の活動範囲は広範に及びました。特にプッチーニ作品では高く評価され、アメリカにおけるプッチーニヒロインの代表的な歌い手の一人として記憶されています。

オペラ舞台での活躍にとどまらず、カーステンは映像作品にもその姿を残しています。1950年の映画『Mr. Music』には本人役で出演し、翌1951年には有名な伝記映画『歌劇王カルーソ』にも登場し、その歌声を披露しました。

また、彼女の国際的な活動において特筆すべきは、1975年に実現したメトロポリタン歌劇場の初来日公演への参加です。この歴史的な機会に、カーステンは日本のオペラファンにその素晴らしい歌声を届けました。日本での舞台は、彼女の長いキャリアにおける重要な一幕となりました。

1979年に現役を退くまで、ドロシー・カーステンは実に長期にわたりオペラ界の第一線で活躍を続けました。その安定した歌唱と表現力豊かな演技は、多くの聴衆を魅了し、アメリカオペラ界に確固たる足跡を残しました。1992年に82歳でその生涯を終えましたが、彼女の遺した数々の録音や映像は、今なお多くの人々に愛されています。彼女は単なる歌手としてだけでなく、メトロポリタン歌劇場の黄金時代を彩ったスターとして、その名前は長く語り継がれるでしょう。

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