ナイチンゲール誓詞

ナイチンゲール誓詞：看護倫理の礎

1893年、アメリカ合衆国のハーパー病院附属看護学校で、フローレンス・ナイチンゲールを称え、ヒポクラテスの誓いを元に「ナイチンゲール誓詞」が誕生しました。委員長を務めたのは、同校校長のリストラ・グレッターです。グレッター自身は、この誓詞を「理念の原動力」と捉えていたと伝えられています。

興味深いのは、ナイチンゲール本人が、自身の代表作『看護覚え書き』の中で、誓約の必要性について懐疑的な見解を示していた点です。「誓い」を立てて看護の道を進む必要性や、誓約が低い次元の行為と見なされることへの懸念を表明しています。

にもかかわらず、ナイチンゲール誓詞は、アメリカの看護倫理と原則を体現する誓約として定着しました。「害を与えないこと」、「患者のためにいつでも熱心に看護すること」といった基本的な誓約が含まれていました。

1935年には誓詞が改訂され、グレッターは「健康の使命者となる誓い」を加え、看護師の役割を「人間の福祉と健康の向上」へと拡大しました。この誓詞は、その後何十年にもわたり、アメリカの看護学校における戴帽式や卒業式で利用されてきました。

近年では、多くの学校がオリジナル版や1935年版を改訂し、独自の倫理基準を盛り込んだ誓詞を使用しています。「医師への忠誠」といった表現は、より自立した看護職を育成する観点から削除される傾向にあります。

現代の看護倫理規範

ナイチンゲール誓詞は、現代看護の倫理規範に大きな影響を与えました。アメリカ看護協会（ANA）は1950年、看護倫理規範を採択。これは、アメリカ看護界において不可欠な規範とみなされ、臨床から研究、教育、管理運営まで網羅した64ページに及ぶ詳細な内容となっています。このANAの倫理規範は、ナイチンゲール誓詞の現代版ともいえるでしょう。

国際看護師協会（ICN）も1953年、看護倫理綱領を採択し、国際的な倫理基準を確立しました。一方、日本看護協会は1988年に「看護師の倫理規定」を策定し、2003年にはICNの綱領を参考に「看護者の倫理綱領」に改訂しました。日本の綱領は、ANAの規範と比較すると、内容が簡潔なものとなっています。

ナイチンゲール誓詞の意義

ナイチンゲール誓詞は、単なる歴史的文書にとどまらず、現代看護の倫理的基盤を築く上で重要な役割を果たしました。誓詞に込められた精神は、時代を超えて看護師の倫理観を指針し、患者のための献身的なケアを提供する姿勢を促しています。

ただし、現代社会の複雑化に伴い、看護の現場では新たな倫理的課題も発生しています。情報倫理、生命倫理、多様性への配慮など、ナイチンゲール誓詞だけでは対応できない問題も数多く存在します。

そのため、現代の看護師は、ナイチンゲール誓詞の精神を踏まえつつ、それぞれの国の倫理規範やガイドラインを理解し、常に倫理的な判断を行うことが求められています。患者の権利と尊厳を尊重し、安全で質の高い看護を提供するためには、倫理的な視点が不可欠なのです。

まとめ

ナイチンゲール誓詞は、看護倫理の歴史において重要な役割を担い、現代の看護倫理規範の礎を築きました。誓詞に込められた精神は、今もなお看護師の行動規範として重要な意味を持ち、倫理的な実践を促しています。しかし、時代背景の変化に伴い、新たな倫理的課題も発生しているため、現代の看護師は、誓詞の精神を継承しつつ、最新の倫理規範やガイドラインを理解し、倫理的な判断能力を高めることが重要です。

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