ナウクラティス

ナウクラティス：ギリシャとエジプトの交差する道

ナウクラティスは、古代エジプト、ナイル川デルタ西端に位置した都市です。現在のアレクサンドリアから南東へ約72km、地中海からやや内陸に入った場所にありました。古代ギリシャの植民都市として知られ、ギリシャとエジプトの美術や文化が交差する重要な拠点でした。発掘調査からは数多くの美術品が出土しており、世界中の博物館に収蔵されています。特に注目すべきは、出土した陶器に記された銘文が、現存する最古のギリシャ文字の一つである点です。これらの文字は、ギリシャ文字の成立と発展を理解する上で貴重な手がかりを提供しています。

ギリシャとエジプトの繋がり：交易から植民都市へ

考古学的証拠から、古代ギリシャとエジプトの交流は、ミケーネ文明、さらにはミノア文明まで遡る可能性が示唆されています。しかし、明確な植民地としての痕跡は紀元前7世紀以降に見られることから、初期の交流は主に交易を軸としていたと考えられています。紀元前7世紀、ギリシャ文化が再び開花すると、中東地域との交易が盛んになり、エジプトはその中心的な貿易相手となりました。

ヘロドトスの『歴史』は、エジプトにおける初期のギリシャ人活動に関する最古の記録の一つです。それによると、イオニア人とカリア人の海賊が嵐に遭い、ナイル川デルタに漂着しました。当時、エジプト第26王朝のファラオ、プサメティコス1世は内紛に苦しんでおり、海賊たちの助けを借りて勝利を収めました。その褒美として、ナウクラティス付近に居住地を与えられたことが、ナウクラティスの起源とされています。

ナウクラティスの発展と衰退

その後、ナウクラティスは、エジプトのファラオ、イアフメス2世によって、西洋との交易拠点、港として整備されました。これはギリシャ人の活動をファラオの管理下に置くという意図もあったと考えられます。ナウクラティスは、特定の都市国家の植民地ではなく、様々なギリシャ都市国家の商人や住民が行き交うエンポリウム（交易拠点）としての性格を持っていました。ヘロドトスの記述によると、ナウクラティスにはHellenionと呼ばれる聖域があり、少なくとも12のギリシャ都市国家が共同で運営していました。これは、多様なギリシャ人が共存した珍しい例と言えます。

発掘調査と出土品

ナウクラティスは、1884年から1903年にかけて、数度にわたる発掘調査が行われました。調査の結果、アプロディーテー神殿、ヘーラー神殿、アポローン神殿、ディオスクーロイ神殿などの神殿遺跡、そしてヘロドトスが記したHellenionも発見されました。出土品は陶器が中心ですが、石の彫像やスカラベの印章なども見つかっています。これらの遺物は、世界各地の博物館に分散して収蔵されています。

しかし、発掘調査は必ずしも体系的ではなかったため、商業や住居といった側面は十分に解明されていません。また、地元住民による破壊や地下水面上昇なども、調査を困難にしています。

ギリシャとエジプトへの影響

ナウクラティスは、エジプトとギリシャ間の活発な交易を支える重要な拠点でした。エジプトからは穀物、亜麻布、パピルスなどが、ギリシャからは銀、木材、オリーブ油、ワインなどが交易されました。ナウクラティスは、エジプトにとって、優れた傭兵を供給する場所でもありました。

ギリシャにとっては、ナウクラティスはエジプトの建築や美術に触れる機会を提供しました。エジプトの工芸品はギリシャに伝わり、ギリシャ文化に影響を与えました。また、ナウクラティスで発見された初期のギリシャ文字の銘文は、ギリシャ文字の発展過程を理解する上で極めて重要です。

ナウクラティスと伝説

ヘロドトスは、ナウクラティスにまつわる様々な逸話を伝えています。その一つに、詩人サッポーの兄とナウクラティスの娼婦ロドーピスの物語があります。ロドーピスは、兄によって自由の身となり、蓄えた財産をデルポイ神殿に奉納したという伝説です。

ナウクラティスは、アレクサンドリアの建設まで、エジプト有数の港として栄えましたが、ナイル川の流れの変化などにより、その後は衰退していきました。しかし、この都市は、古代ギリシャとエジプトの交流史を理解する上で、依然として重要な役割を果たしているのです。

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