ナチス・ドイツによるチャンネル諸島占領

ナチス・ドイツによるチャンネル諸島占領

第二次世界大戦のさなか、1940年から1945年にかけて、イギリス王室に属するチャンネル諸島はナチス・ドイツの占領下に置かれました。この期間は、島民の生活や島のあり方に深い影響を与えました。

占領の始まり

1940年5月のナチス・ドイツによるフランス侵攻とその後のフランスの敗北は、フランス本土に近接するチャンネル諸島に差し迫った軍事的脅威をもたらしました。イギリス軍首脳部は、戦略的な判断からチャンネル諸島の防衛を行わないことを決定。これを受けて、6月には9万7千人の島民のうち3万1千人もの人々が自主的に島を離れ、避難しました。島に残った各政府は、占領に備えるため、非常事態政府へと体制を改めました。

6月16日、島の行政機関は軍事的な抵抗を行わない「無防備都市宣言」を発しましたが、この情報はドイツ側には伝わっていませんでした。その結果、6月28日にはガーンジー島とジャージー島の港湾がドイツ軍の爆撃を受けました。特にセント・ピーター・ポートでは、イギリス本土への食料輸出のために停車していたトラックが軍事車両と誤認され爆撃され、44名の島民が犠牲となりました。ドイツ国防軍は当初、空挺部隊を用いた占領作戦を計画していましたが、6月30日、第3航空艦隊所属のLiebe-Pieteritz大尉が偵察のためにガーンジー島郊外の空港に着陸し、島にイギリス軍が存在しないことを確認しました。大尉の報告を受け上陸したドイツ軍兵士に対し、島の警察官は「国王陛下の命令により無防備である」旨を記した書面を手交。こうしてドイツ軍はチャンネル諸島を実効支配下に置き、7月1日に占領を宣言、7月4日に公式な降伏が確認されました。

占領前半期の様相

チャンネル諸島の占領軍司令官は、フランス軍政当局の指揮下に置かれ、対仏占領計画の一部として位置づけられていました。しかし、アドルフ・ヒトラー総統は、チャンネル諸島の占領を来るべきイギリス本土占領の予行演習とみなし、これを極めて重視していました。そのため、比較的大規模なドイツ軍部隊がこの小さな諸島に駐留することになります。

当初、占領任務にあたったのは第319歩兵師団でしたが、1941年の独ソ戦開始後、イギリスが諸島奪還を試みる可能性を懸念したヒトラーの指示により、駐留部隊はさらに増強されました。1943年にはドイツ軍の中でも最大規模となる4万人もの兵力が配備されました。これはジャージー島では住民3人に対して兵士1人、ガーンジー島では住民と兵士がほぼ同数という割合であり、フランス本土の12民対兵士1人という割合と比べても桁違いの密集度でした。

ドイツ兵たちはホテル、旅館、空き家などに分散して滞在しましたが、それでも収容しきれず、多くの一般家庭にも高頻度で宿泊することとなりました。島民には食事代や洗濯代が支払われたものの、この状況は島民に大きな精神的負担となりました。一方で、一部の島民とドイツ兵の間には個人的な交流も生まれましたが、ドイツ軍当局はこうした動きを秘密裏にしていました。

1941年末、連合国軍の支配下にあったフランス委任統治領シリアからドイツ人が追放される事件が発生。これに対する報復として、ヒトラーはチャンネル諸島に居住するイギリス本土生まれの島民を追放するよう命じました。これにより、1942年9月から1943年3月にかけて2200人の島民が強制的に島外へ退去させられ、フランス国内の強制収容所に送られました。

占領期間中、島民の間に大規模な疫病が流行することは稀でしたが、1942年にはジャージー島で強制労働者から発疹チフスが発生し、これがドイツ軍兵士の間で蔓延して多数の死者を出しました。

諸島の要塞化

チャンネル諸島は、ドイツの技術者集団であるトート機関によって建設された広大な防御網、いわゆる「大西洋の壁」の一部として、多数の要塞や防御設備が築かれました。ヒトラーがこの諸島の防衛を特に重視したため、大西洋の壁全体の建設に投入された資源の十二分の一が、この小さな諸島に集中して使用されたと言われています。中でも、オルダニー島は特に大規模な要塞化が施されました。

オルダニー島では、占領開始時に島に残っていた島民はわずか20名ほどでした。ドイツ軍は島内に四棟の収容所を建設し（オルダニー強制収容所）、多くの強制労働者を動員して沿岸要塞などの防御施設の建設を進めました。

非常事態の深刻化

1944年6月の連合国によるノルマンディー上陸作戦後、チャンネル諸島のドイツ軍守備隊への補給はほぼ途絶状態となりました。約1万1500人の兵士がノルマンディー戦線へ転用されたものの、それでも残る兵力を維持するだけの物資を得ることは困難でした。しかし、6月17日にヒトラーから発せられた「死守命令」により、守備隊は降伏する選択肢を絶たれました。

7月末には、食料などの備蓄が尽きかけたドイツ軍守備隊は非常事態を宣言し、島民全員を捕虜として扱うことを一方的に通告しました。食料はドイツ軍によって接収され、牛乳を除いては生命維持に必要な最低限のものが島民に配給される状況となりました。ドイツ軍司令官は一時、女性や子供をイギリス本土へ避難させることも検討しましたが、最終的には赤十字国際委員会に対し、島民への人道支援を要請する道を選びました。島の文民政府は、共同カフェや市民厨房を開設し、備蓄が続く限り島民への給養活動を行いました。

イギリス政府は、脱出者からの情報などを通じてチャンネル諸島の窮状を正確に把握していました。9月22日には、イギリスからの使節がガーンジー島を訪れ、ドイツ軍に対し早期降伏を促しましたが、ドイツ側は面会を拒否しました。9月25日には、ヒトラーが「政治的に信頼できる」と見なしていたフリードリヒ・ヒュフマイアー海軍中将が新たな司令官に就任し、チャンネル諸島防衛軍の徹底抗戦の姿勢がより明確になりました。

9月27日、イギリス政府はチャンネル諸島の絶望的な食糧事情に関する報告を受けましたが、ウィンストン・チャーチル首相は「飢えに苦しませればいい。戦闘はしない。勝手にやせ衰えればいい。」と述べたとされ、チャンネル諸島への直接的な軍事行動を考慮しませんでした。

市民生活は一層苦しさを増し、9月9日にはジャージー島で、12月21日にはガーンジー島でガスの供給が停止しました。10月にはドイツ軍が島民が隠し持っていた食料の徴発を始め、民間人に対する医療体制はほぼ完全に麻痺しました。麻酔なしでの手術が行われたり、インスリンの投与を受けられなくなった糖尿病患者が命を落とすなど、悲惨な状況が生まれました。

11月5日、チャンネル諸島の文民政府、ドイツ占領軍当局、イギリス政府、そして赤十字国際委員会の四者間による交渉がようやく合意に至り、ドイツが民間人向けの食料や医療品をスイスを経由して赤十字から受け取ることが決まりました。ドイツ軍はこれらの救援物資の分配には関与せず、全体としては規律を守った行動をとりました。しかし、一部のドイツ兵による窃盗事件や、秘密野戦警察が救援物資を消費したといった事例も報告されています。

解放へ

人道支援により食糧状況はわずかに改善されたものの、島民の生活困難は変わりませんでした。1945年1月には電話や電気の供給が途絶し、3月28日には市民厨房や共同カフェも閉鎖されました。それでもドイツ軍はあくまで戦闘継続の意思を持っており、3月にはフランス本土のグランヴィルへの奇襲作戦を敢行しています。5月6日になっても、ヒュフマイアー司令官はドイツ本国からの命令以外は受け付けないとして降伏を拒み続けましたが、5月8日にドイツ国防軍全体が降伏したことを受けて、翌5月9日に降伏を表明しました。イギリス軍の駆逐艦2隻がセント・ピーター・ポートに入港し（ネスデク作戦）、こうしてチャンネル諸島の占領は終結しました。5月12日にはイギリス軍の主力部隊が本格的に上陸し、島民への食料、医薬品などの緊急物資の配給が行われました。

ドイツ軍守備隊は降伏後に捕虜となり、ジュネーブ条約に基づき保護を受けましたが、極度に悪化した栄養状態のため、8月には300人もの兵士が栄養失調で死亡するという悲劇も発生しました。

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