ナチズムと環境保護

ナチズムと環境保護：矛盾するイデオロギーと現実の政策

ナチス・ドイツは、人種差別や大量虐殺といった残虐行為で知られていますが、同時に環境保護政策にも力を入れていました。この一見矛盾する事実は、ナチズムのイデオロギーと当時の社会状況を理解する上で重要な視点となります。本稿では、ナチズムにおける環境保護思想と、ナチス・ドイツ時代に施行された具体的な政策、そしてそれらが戦後のドイツ社会に与えた影響について考察します。

ナチズムと環境保護思想：血と土イデオロギーと自然回帰主義

1920年代のドイツでは、環境保護思想の高まりが見られました。ナチ党もこの流れに乗り、独自の環境保護論を展開しました。ツィンクやリンゼらの研究によると、ナチズムの環境保護思想は、「血と土」イデオロギーに深く根ざしていました。ダレが提唱したこのイデオロギーは、土地への強い愛着と、自然との調和を重視するものでした。ナチ党は、近代化農法を批判し、有機的な自作農業を理想としました。ハイデガーなどの哲学者も、「自然と調和した生活」を唱え、ナチズムの環境保護思想を支持しました。

一方、ヒトラーはアメリカの自然保護主義者グラントの著書『偉大な人種の消滅』に感銘を受け、北方人種の優越を主張する同書を高く評価していました。この事実は、ナチズムの環境保護思想が、人種差別的な優生学とも結びついていたことを示唆しています。

しかし、ナチズムの動物保護思想には、人間中心主義とは異なる生命中心主義的な側面も見られます。ゲーリングは、動物への愛情を強調し、動物を「生命のないもの」とみなす従来の法律観を批判しました。後の動物保護法では、動物は人間のためではなく、それ自身のために保護されるべきだと明記されました。

この動物保護の動きには、反ユダヤ主義的な要素も含まれていました。ユダヤ人が行っていたカシュルートに反する屠殺方法を禁止する動きが保守派から起こり、それが後の動物保護法制定へと繋がった側面があると言われています。

ナチス政権下の環境保護政策：立法と現実の乖離

ヴァイマル共和政時代、ドイツの自然保護立法は遅れており、予算不足も問題でした。ナチ党の権力掌握後、クローゼやシェーニヒェンなどの官僚は、ナチス政権が自然保護に前向きであると期待しました。

1933年には動物保護に関する法律が制定され、動物への苦痛を軽減するよう規定されました。動物実験の原則禁止、動物保護法、国家狩猟法なども制定されました。さらに、1935年にはライヒ自然保護法が制定され、景観変更に対する規制などが設けられました。この法律の制定には、ゲーリングの強い意向が働いていましたが、その動機は狩猟への個人的な関心もあったとされています。

しかし、ライヒ自然保護法には、「国防軍や公共事業などの優先」を認める条項があり、四カ年計画による資源の大量消費は、自然保護の理念と矛盾するものでした。第二次世界大戦が始まると、自然保護政策は事実上停止されました。

ナチス時代の環境保護政策の評価と戦後の影響

ナチス時代の動物保護政策は、国外でも評価され、ヒトラーは表彰されました。リンゼやフェリらは、ナチス時代の自然保護立法を高く評価する一方、その矛盾点を指摘する声もあります。

戦後、これらの保護法制はナチス法制とはみなされず、存続しました。しかし、左派の間では、自然保護政策についてナチズムとの関連を想起することを避ける傾向があり、一種のタブー視がありました。1970年代以降のドイツの環境保護運動は、当初は右派によって主導されましたが、後に左派が中心となる展開を見せます。

まとめ

ナチス・ドイツの環境保護政策は、イデオロギーと現実の複雑な絡み合いを示す例です。一見矛盾する環境保護と人種差別、戦争という現実を理解することで、歴史をより多角的に捉えることができるでしょう。また、この政策が戦後のドイツの環境保護運動に与えた影響も無視できません。ナチズムと環境保護という一見相反する要素を理解することで、歴史における複雑な人間行動の理解が深まるはずです。

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