ナンセン・パスポート

ナンセン・パスポートとは

ナンセン・パスポートは、1922年から1938年にかけて国際連盟が発行した、国際的に認められたパスポートです。このパスポートは、国籍を持たない難民が国境を越えることを可能にするために作られました。名前は、このパスポートの発案者であるノルウェーの政治家であり極地探検家でもあったフリチョフ・ナンセンに由来します。彼が難民高等弁務官として尽力したことが、このパスポート発行につながりました。

歴史的背景

第一次世界大戦後、世界は大きな混乱に陥りました。多くの政府が倒れ、国境線が民族の境界に沿って引き直された結果、内戦が勃発した地域も存在しました。これにより、多くの人々が戦争や迫害から逃れることを余儀なくされ、故郷を離れざるを得ない状況に追い込まれました。しかし、パスポートを持たない、あるいはパスポートを発行する政府組織を持たない難民は、国境を越えることが極めて困難でした。この状況を打開するために、ナンセン・パスポートが誕生しました。

ナンセン・パスポートの発行が始まったきっかけは、1917年のロシア革命によって成立したソビエト連邦政府が、1921年に在外ロシア人の市民権を剥奪すると発表したことにありました。これにより、多くのロシア人が無国籍者となり、国際的な移動が困難になったのです。1922年、フリチョフ・ナンセンは国際連盟の難民高等弁務官として、ジュネーブで「ロシア難民の身分証明書に関する政府間会議」を開催しました。この会議での国際的な合意に基づいて、ナンセン・パスポートが発行されることになったのです。当初はロシア難民のために発行されたパスポートでしたが、1933年にはアルメニア人、アッシリア人、トルコ人の難民にも対象が拡大されました。最終的に、約45万人の無国籍者や難民がこのパスポートによって国際的な移動が可能になったのです。

1930年にナンセンが亡くなった後、ナンセン・パスポートの管理は国際連盟のナンセン国際難民事務所に移管されました。この時点で、パスポートには1922年の会議への言及がなくなり、国際連盟の名前で発行されるようになりました。1938年にこの事務所が閉鎖された後、ナンセン・パスポートはロンドンの国際連盟保護下の難民高等弁務官事務所で発行されるようになりました。ナンセン国際難民事務所は、ナンセン・パスポートの制定への貢献が認められ、1938年にノーベル平和賞を受賞しました。

ナンセン・パスポートは現在では発行されていませんが、国際連合などの国際機関や各国政府が、無国籍者や難民のために、身分証明書や難民渡航文書などの渡航文書を発行しています。これらの文書は、ナンセン・パスポートと同様に、難民が国際的に移動する際の重要な手段となっています。

ナンセン・パスポートの所持者

ナンセン・パスポートを所持していた著名人は数多く存在します。以下にその一部を紹介します。

ロバート・キャパ（写真家）
セルジュ・チェリビダッケ（指揮者）
ヴェラ・コンスタンチノヴナ王女
マルク・シャガール（画家）
フランソワーズ・フレンケル（作家）
アレクサンドル・ガーリチ（劇作家）
ズザンナ・ギンチャンカ（詩人）
アレクサンドル・グロタンディーク（数学者）
ゲオルギイ・グルジエフ（神秘思想家）
アナトール・ハインツ（哲学者）
ゼエヴ・ジャボチンスキー（政治家）
ユーリ・メッセン・ジャシン（俳優）
ウラジーミル・ナボコフ（小説家）
アリストテレス・オナシス（海運王）
アンナ・パヴロワ（バレリーナ）
マリア・パヴロヴナ大公妃
グリゴール・ペラッツェ（音楽家）
ヤドヴィガ・ピウスツカ（パイロット）
セルゲイ・ラフマニノフ（作曲家）
メナヘム・メンデル・シュネウルゾーン（ラビ）
オットー・スコルツェニー（軍人）
イーゴリ・ストラヴィンスキー（作曲家）
アルフォンソ13世（スペイン国王）

これらの著名人の多くは、ナンセン・パスポートのおかげで、国際的な舞台で活躍することができました。

ナンセン・パスポートの遺産

ナンセン・パスポートは、現代の難民問題に対する国際的な取り組みの先駆けとなりました。このパスポートの歴史は、難民や無国籍者の権利を保護することの重要性を物語っています。ナンセン・パスポートの精神は、現代の難民渡航文書や身分証明書にも受け継がれており、国際社会が難民問題にどのように取り組むべきかの重要な教訓となっています。

外部リンク

Fridtjof Nansen Memorial Lecture Series（国際連合大学）
* The Nansen Passport（ニューヨーク大学メディア・文化・コミュニケーション学部）

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