ニコラ＝シャルル・ボクサ

ロベール・ニコラ＝シャルル・ボクサ

ロベール・ニコラ＝シャルル・ボクサ（Robert Nicolas-Charles Bochsa, 1789年8月9日 - 1856年1月6日）は、19世紀フランスを代表する作曲家であり、卓越したハープ奏者でした。その生涯は驚くほど波瀾に富み、祖国フランスを離れて世界各地を渡り歩くこととなった激動の人生を送りました。

幼少期から初期のキャリア

1789年にモンメディで生まれたボクサは、幼い頃からハープの神童としてその才能を開花させ、早くから音楽界の注目を集めました。その非凡な技量はすぐに評判となり、やがてナポレオン1世の宮廷楽団にハープ奏者として迎え入れられるに至ります。宮廷での活動に加え、彼は作曲家としても積極的に活動を開始し、特にオペラ創作に力を注ぎ始めました。

最初のスキャンダルとフランスからの逃亡

順風満帆に見えた彼のキャリアは、1817年に突如として暗転します。彼は通貨偽造、結婚詐欺（または重婚）、さらには文書偽造といった複数の重大な犯罪への関与を疑われたのです。当局からの追及が迫る中、逮捕・起訴を免れるべく、ボクサは密かに祖国フランスを脱出し、イングランドへと逃亡しました。その結果、祖国フランスでは欠席裁判が開かれ、彼には懲役刑が宣告されるという厳しい判決が下されました。

ロンドンでの新たな始まりと挫折

フランスの法執行から逃れ、無事ロンドンにたどり着いた彼は、そこで新たな音楽活動の拠点を見出します。1821年には、イギリス音楽界にとって重要な機関となる王立音楽アカデミーの設立に協力し、初代学長という要職を担いました。これは彼の音楽家としての評価がいかに高かったかを示すものです。しかし、彼の過去は長く隠し通せるものではありませんでした。1826年、フランスでの犯罪歴が明るみに出たことにより、アカデミーの学長を辞任せざるを得ない状況に追い込まれます。それでも彼はロンドンに留まり、その後はロンドン王立劇場の音楽監督として活動を続けました。

再度のスキャンダルと世界放浪

平穏とは縁遠かったボクサの生涯は、1839年に再び大きな波乱に見舞われます。彼は著名なオペラ作曲家ヘンリー・ビショップの妻であり、自身も高名なオペラ歌手であったアンナ・リヴィエラと深い関係となり、最終的に駆け落ちという形でイギリスからも姿を消したのです。既婚者であったアンナとのこのスキャンダルは、当時の社会に大きな衝撃を与えました。二人はその後、フランスを除くヨーロッパ大陸やアメリカ合衆国など世界各地を共に旅しながら、演奏家として生計を立てていきました。これは事実上の逃亡生活であったとも言えます。

最晩年と客死

長年にわたる放浪の旅の末、生涯の最晩年、1855年12月には遠く離れたオーストラリア、当時ゴールドラッシュに沸いていたシドニーに上陸しました。しかし、オーストラリアでの演奏活動は短期間に終わります。シドニー到着からわずか数週間後の1856年1月6日、彼は突如としてこの地で客死したのです。66歳でした。

彼の遺体はシドニーのキャンパーダウン墓地に葬られました。長年苦楽を共にしたアンナ・ビショップは、彼への思いを込めて、彫刻が施された美しい墓碑銘をそこに建てました。ロベール・ニコラ＝シャルル・ボクサの生涯は、音楽家としての輝かしい才能と、数々のスキャンダルによる追放、そして世界各地を転々とする波瀾万丈な運命に彩られたものでした。

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