ニンフとサテュロス

作品概要

ピーテル・パウル・ルーベンスの『ニンフとサテュロス』は、1615年から1635年頃にかけて制作された油彩画です。この作品は、ルーベンスが晩年に私的な創作意欲を満たすために描いたもので、彼の円熟した技量と芸術的ビジョンが結実しています。ルーベンスは、若いエレーヌ・フールマンとの再婚以降、官能性と活力への賛歌を絵画に込めるようになり、この作品はその代表例と言えるでしょう。現在は、マドリードのプラド美術館に所蔵されています。

作品の詳細

この絵画では、自然の中で共存するニンフとサテュロスたちの牧歌的な姿が描かれています。前景には、若く美しいニンフたちが豊満な裸体を露わにし、魅力的なポーズをとっています。特に目を引くのは、鑑賞者に背を向けている2人のニンフで、彼女たちは大地の恵みと豊かさの象徴であるコルヌ・コピア（豊穣の角）を支え、そこから果実が溢れ出しています。画面全体を通して、コルヌ・コピアだけでなく、果実が実る木々や、ねじれた幹、そしてニンフやサテュロスの肉体を通じて、豊かさが表現されています。背景では、サテュロスたちがニンフと共に木に登り、果実をもぎ取っています。ニンフたちはそれを拾い集め、その情景は穏やかで平和な雰囲気に満ちています。画面右の洞窟の入口には牧羊神パンが立ち、左側にはニンフたちが河神の娘であることを示す水甕から水が流れ出ています。鬱蒼とした森が遠くまで広がり、黄昏時の穏やかな光が全体を包んでいます。

ルーベンスは、この作品の数年後にもフェリペ4世のためにニンフとサテュロスを主題とした別の絵画を制作していますが、そちらではサテュロスがニンフを誘拐しようとし、ニンフは逃げ出し、ディアナがサテュロスを追い払おうとするなど、対立的な構図となっています。神話において、ニンフは泉や川の水源と結びつき、土地に豊穣をもたらす神として崇拝され、サテュロスは野生を象徴し、繁殖力と関連付けられる幻想的な存在です。通常、ニンフは貞潔な存在であるのに対し、サテュロスは性的な欲求や飲酒と関係があるため、両者は対立的な存在として描かれることが多いです。しかし、この作品では両者が平和的に共存し、自然の豊かさを享受しており、ルーベンスは性の欲求と自然の調和、あるいは美との融合を表現しようとしたと考えられます。

作品の着想源と影響

絵画の着想源としては、古代ローマの詩人オウィディウスが豊穣の角コルヌ・コピアについて言及した『祭暦』や『変身物語』が挙げられます。また、ルーベンスはプラトン、ホメロス、テオクリトス、ウェルギリウス、ホラティウスといった牧歌文学にも魅了され、特にプラトンの『パイドロス』に触発されたことが指摘されています。この作品は、田舎の生活を理想化し、自然を愛の環境として表現しており、牧歌的な世界観を象徴しています。

さらに、この作品はジョルジョーネやティツィアーノ・ヴェチェッリオといった盛期ルネサンスのヴェネツィア派絵画の巨匠から影響を受けています。ルーベンスは、彼らの主題選択だけでなく、技法にも注目し、特にティツィアーノの筆を用いないストロークの技法や、牧歌的な伝統の解釈、裸婦の官能的な表現を自身の作品に取り入れています。プラド美術館で行われたX線撮影により、この絵画の下には1615年頃まで遡る古い構図が存在することが明らかになり、ルーベンスが20年の間に主題に対するアプローチを変化させたことが示唆されています。初期段階では、風景は現在ほど重要な要素ではなく、ルーベンスは後になって森の領域を拡大し、遠景を広げました。また、ニンフの表現も変更され、初期段階で白い布をまとっていたニンフの胸が露出されるなど、裸婦の官能的な表現が強化されています。

来歴

『ニンフとサテュロス』は、ルーベンスが1640年に死去するまで所有していた絵画の一つです。彼の死後、遺産の一部として売却され、当時のインベントリには『裸のニンフとサテュロス』と記載されています。1645年には、フェリペ4世によって880フローリンで購入され、スペイン王室のコレクションに加えられました。17世紀の間はアルカサルで飾られていましたが、18世紀になると、その官能性が問題視され、王立サン・フェルナンド美術アカデミーに保管されることとなりました。その後、1827年にプラド美術館の前身である王立美術館に収蔵され、現在に至ります。

ギャラリー

ルーベンスの遺産からスペイン王室のコレクションに加わった作品には、本作品の他に以下のようなものがあります。

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参考資料

『プラド美術館展 スペインの誇り 巨匠たちの殿堂』国立プラド美術館、読売新聞東京本社文化事業部ほか編（2006年）
[プラド美術館]]公式サイト（スペイン語）：[ピーテル・パウル・ルーベンス『ニンフとサテュロス』
* [プラド美術館]]公式サイト（英語）：[ピーテル・パウル・ルーベンス『ニンフとサテュロス』

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