ニンフと羊飼い

ティツィアーノ作「ニンフと羊飼い」

作品概要

『ニンフと羊飼い』（伊: Ninfa e pastore, 独: Nymphe und Schäfer, 英: Nymph and Shepherd）は、盛期ルネサンスのヴェネツィア派を代表する画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが、1570年から1575年頃に制作した油彩作品です。この絵画は、神話に登場するニンフを描いたものと考えられていますが、その主題については様々な解釈が存在します。ティツィアーノ最晩年の作品の一つであり、極めて自由な筆致と豊かな詩情が特徴です。かつてはハミルトン公爵やレオポルト・ヴィルヘルム大公が所有しており、現在はウィーンの美術史美術館に所蔵されています。

作品の詳細

絵画には、樫の木の下で過ごす若い男女が描かれています。若い男性は、段差のある地面に座り、背を向けて隣に寝そべる女性を見ています。彼は縦笛のコードを握っていますが、演奏はしていません。女性は、斑点のあるヒョウの毛皮の上に横たわり、男性の方を振り向いています。彼女は、金色の混ざった白い薄い布を身に着けていますが、ほぼ全裸です。布は左肩から背中に落ち、臀部を覆うことなく右腰から腹部にかけて覆っています。足は草の上に伸ばされています。ヒョウの毛皮の頭部は女性の太ももの下にあり、尻尾の部分は男性の右肩にかけられています。

彼らがいる場所は自然の中ですが、理想的な田園風景とは言えません。樫の木だけが自然を象徴するかのようで、少し離れた崖には木が数本生えていますが、そのうちの一本の幹は折れて枯れてしまっています。その木には山羊（あるいは鹿）が葉を食べているのが確認できます。

ティツィアーノは、この晩年の作品で、若い頃に親しんだジョルジョーネの牧歌的な主題に回帰しているように見えます。背を向けて横たわる裸婦の構図は、ジョルジョーネの構想に基づいていると考えられています。しかし、この作品の雰囲気は、初期の作品に見られる甘美な安らぎとは異なり、夕暮れ時の寂寥感や沈鬱さが色濃く漂います。

主題に関する様々な解釈

この場面が何を表しているのかについては、様々な説が唱えられています。自然の森の神話的な住人であるニンフと羊飼いとする説から、プラトン的な視覚と聴覚の間の寓意、あるいはギリシア神話のアルテミス（ローマ神話のディアナ）とエンデュミオン、ダフニスとクロエ、アンジェリカとメドロ、オルフェウスとマイナデスとする説などがあります。

1649年のハミルトン公爵の目録では、この絵はヴィーナスとアドニスとして記載されていました。また、ヴィーナスとアンキセス、アリアドネとディオニュソスと解釈する人もいます。後者の説では、若者が被るブドウの葉の冠や、女性が横たわるヒョウの毛皮はディオニュソスを、リラックスした様子で横たわる女性はアリアドネを示唆すると考えられています。

美術史家のエルヴィン・パノフスキーは、この絵をトロイアの王子パリスとその恋人オイノネではないかと主張しました。神話によれば、パリスはイデ山のニンフであるオイノネと恋仲でしたが、後に彼女を捨ててヘレネと結ばれます。トロイア戦争で死に瀕したパリスは、オイノネに癒しを求めますが、彼女は拒否し、パリスの死後、後悔して自殺します。このように、この絵の沈鬱な雰囲気は、牧歌的な愛の交感の中に、呪われた運命を予感しなければならない登場人物に由来すると解釈できます。

しかし、この絵が神話の特定の場面を描いたものかどうかは明確ではありません。

作品の評価

この作品は、極めて自由な筆致で描かれた詩情豊かな絵画であり、ティツィアーノの最晩年の作品であることは疑いありません。美術史家のクロード・フィリップスは、ティツィアーノの「名人にふさわしい晩年の技法」と評し、ゲオルク・グロナウは「見事な即興」と評価しました。初期の研究では、この作品は未完成であると考えられていましたが、グスタフ・グリュックらによって、完成された作品であることが示唆されました。

来歴

この絵画は、1576年にティツィアーノが死去した際、工房に残されていた作品の一つと考えられています。その後、遺産相続人によって売却され、ヴェネチアの香辛料商人バルトロメオ・デッラ・ナーヴェのコレクションに加わりました。デッラ・ナーヴェの死後、この作品を含むコレクションの大部分は、初代ハミルトン公爵ジェイムズ・ハミルトンによって購入されました。

ハミルトン公爵が処刑された後、コレクションはスペイン領ネーデルラント総督であったレオポルト・ヴィルヘルム大公によって購入され、ブリュッセルの宮殿で展示されました。大公がウィーンに移住した際、コレクションもウィーンに運ばれ、後にベルヴェデーレ宮殿に収蔵されました。1792年に、ウフィツィ美術館との絵画交換で、一時的にフィレンツェに送られましたが、拒否されたためウィーンに返還されました。

その後、約100年間は展示されることなく保管されていましたが、バイエルンの画家カール・シェレインによって修復された後、1891年に美術史美術館の開館とともに公開されました。2002年から2007年にかけて大規模な修復が行われ、過去の修正やワニスの層が除去されました。

複製

ダフィット・テニールスは、レオポルト大公の依頼で、『ブリュッセルの画廊における大公レオポルト・ヴィルヘルム』というクンストカンマー絵画を複数制作しました。その中には、『ニンフと羊飼い』が描かれたものも存在します。また、テニールスは『テアトルム・ピクトリウム』のためにこの作品の油彩による複製を制作し、そこから版画による複製も制作されました。

まとめ

ティツィアーノの「ニンフと羊飼い」は、神話的なモチーフを扱いながらも、独特の沈鬱な雰囲気を持つ傑作です。様々な解釈を許容する奥深さと、晩年のティツィアーノの自由な筆致を堪能できる作品として、今日でも多くの人々を魅了し続けています。

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